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内容説明
七二〇年に完成した日本書紀全三十巻は、わが国最初の正史である。その記述に用いられた漢字の音韻や語法を分析した結果、渡来中国人が著わしたα群と日本人が書き継いだβ群の混在が浮き彫りになり、各巻の性格や成立順序が明らかとなってきた。記述内容の虚実が厳密に判別できることで、書紀研究は新たな局面を迎えたといえる。本書は、これまでわからなかった述作者を具体的に推定するなど、書紀成立の真相に迫る論考である。
目次
第1章 書紀研究論(森への誘い 書紀概説 書紀研究の視点 ほか)
第2章 書紀音韻論(音韻学と書紀 漢字音による書紀区分論 α群歌謡原音依拠説 ほか)
第3章 書紀文章論(倭習の指摘 誤用と奇用 倭訓に基づく誤用 ほか)
第4章 書紀編修論(α群中国人述作説 β群の正格漢文と仏教漢文 「憲法十七条」とβ群の倭習 ほか)
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
南北
55
日本書紀を中国の音韻学と漢文の語法から分析して、大きく2種類に分けられるとしています。一方は唐の音韻に詳しく、日本の慣習には詳しくない人物でおそらく唐国人1世が述作し、他方は呉音の知識があり、漢文の誤用や奇用が目立つことから日本人が述作したと考えられるとしています。なかでも日本初の漢詩集『懐風藻』には呉音で作成されたと考えられる漢詩が少なくないと指摘している点は興味深く感じました。ということは日本ではかなり前から呉音で漢字が伝えられていたことになるわけで、いろいろなことが想定できそうです。2019/12/13
AICHAN
32
図書館本。日本書紀を編纂した責任者は藤原鎌足の子の不比等。当時の宮廷事情を見ずして、日本書紀はわからない。真実の日本古代史は日本書紀ではわからない。というわけで、この本にはそういう見方を期待し、真実の日本古代史の片鱗でも見せてくれればと手に取った。ところが内容は日本書紀の学術的な解釈で、実際に書いたのは日本人だが渡来中国人が添削したとか原文は全部漢字だからそれをどう読むべきかとか…(実際に書いたのは渡来朝鮮人だろうと私は思っている)。論文に近いものだった。論文が嫌いな私には読むのがしんどかった。2016/09/01
月をみるもの
19
「次々に新しい遺跡が発掘される考古学に比べたら、文献史学でわかることなんてやっぱ限定されてるよな」とか「昔、話されていた言葉の『音』を調べるなんてできるわけねーじゃん」と思っていた己の浅はかさ。日本の歴史の原点たる日本書記の半分(α群)は、中国から渡来したNative 一世によって書かれていたことを論証できるなんて。。。残りのβ群の倭習漢文は、当時の日本人インテリによる平成自由詩ならぬ大宝自由詩だったのかもしれない。。 https://togetter.com/li/10782092019/10/20
take5
18
1999年刊。中国語音韻論が専門で上代日本語にも詳しい著者が、大学生の頃から約30年にわたって積み重ねてきた研究を集大成的にまとめた見事な論考です(概説書的新書というよりも一般読者向けの論文という感じで、書紀や古代史の研究にも大きな影響を与えてると思われます。別に続編もあるようでそちらも読んでみたい)。著者は、天武以来の悲願であった、唐に文化的国家であることを示すことにもなる漢文による初の正史『日本書紀』全三十巻について、まず各巻に出てくる歌謡と訓注(漢語の読みの注記)の万葉仮名を音韻論に基づいて、→2020/08/23
Nobu A
16
森博達著書初読。99年刊行。タイトルに惹かれて数年前に購入。そのまま埃を被り書架に鎮座していた本書。漸く手に取った。まず歴史学と考古学の違いを痛感。前者の場合、比較的全方位から多種多様な解釈や考察が可能。日本書紀全30巻を渡来中国人が著し、その後日本人が書き継いだと言う仮説に浪漫を感じる。音韻論、文章論等の視点から丹念に緻密な論考が綴られ、とても興味深い内容。他方、日本書紀って中高で触れたぐらいでそもそも内容を殆ど覚えていないことに気付く。国内最古の正史に精通していたらさぞかし面白かっただろう。2024/08/05




