内容説明
これは沖縄の農業史・社会史に特筆すべき“事件”である。なぜ援農舎の「サトウキビ刈り援農隊」は与那国島に拘わりつづけるのか―。著者は援農舎代表世話人・ジャーナリスト。与那国島への優しい眼差しと深い洞察をもって援農隊や島が抱える問題、苦悩、そして明日への希望を描きだす。
目次
与那国島まで―まえがきに代えて
援農隊が始まるまで(1970‐1973)
沖縄の復帰、日中国交回復と台湾断交(1972‐1975)
第一回援農隊と与那国町農協の“破産”(1976)
第二回援農隊は宮古島へ(1977)
第四回援農隊と県内募集(1978)
初めて農家に住み込み、北海道で説明会(1979)
宮良博組合長の提案(1980‐1985)
農協が自前で募集(1986)
与那国町制施行四〇周年「与那国まつり」(1988)
高田寿男さんの活躍(1989以後)
十四年ぶりの与那国島(2003)
付録
著者等紹介
藤野雅之[フジノマサユキ]
1941年、兵庫県豊岡市に生まれる。兵庫県立豊岡高校を経て、早稲田大学法学部卒業。1965年社団法人共同通信社に入社、主に文化部記者として取材に当たる。文化部長、京都支局長などを経て、株式会社共同通信社取締役出版本部長を2002年に退任退職。フリージャーナリスト、インターネット・ホームページ「蓼川亭通信」発行人、与那国島サトウキビ刈り援農隊(援農舎)代表世話人
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