内容説明
お話いたしましょう。これは私の身に起こった物語でございます。昔々、私が権轟山の麓に生まれてから今日までこの目で見た、さまざまな出来事の物語でございます。その昔、隻眼の世捨て人が私のそばに庵を編みました。悲しい目をした方でございました。私の前で勇敢に命を散らした若武者もおりました。船大工の辰吉も、山の少女ツキも、思えば哀しい心を抱いた人たちでした。母熊を失った子熊の哀れな鳴き声や、子を捨てた母親の嘆きの声は、今もこの耳に残っております。荒らされた山、汚された川、そして切られた木々、私の体には悲しみが刻まれているのでございます。年輪の一本、一本に…。私は、達磨岩さまに護られ、白糸川さまに育まれた、五百歳のミズナラの樹でございます。
著者等紹介
ニコル,C.W.[ニコル,C.W.][Nicol,C.W.]
1940年、英国南ウェールズ生まれ。17歳でカナダに渡り、その後、カナダ水産調査局北極生物研究所の技官として、海洋哺乳類の調査研究にあたる。67年より2年間、エチオピア帝国政府野生動物保護省の猟区主任管理官。72年よりカナダ水産調査局淡水研究所の主任技官、また環境保護局の環境問題緊急対策官として、石油、化学薬品の流出事故などの処理にあたる。80年、長野県黒姫に居を定め、95年に日本国籍を取得。執筆活動を続けるとともに、森の再生活動を実践する。2002年、「財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団法人」を設立し、理事長となる。05年、英国エリザベス女王陛下より名誉大英勲章を賜る(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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