内容説明
咳をしても一人―生きることの「ままならなさ」に思い悩む青春時代に、尾崎放哉の自由律俳句に救いを求めたという、元看護師の異色の哲学者・西川勝。放哉終焉の地である小豆島を旅しながら、その人生と文学を体験的に読み解く感動のエッセイ集。
目次
プロローグ 蚊と放哉
第1章 「一人」のうらに―尾崎放哉の島へ
第2章 風の中の声
第3章 小豆島と放哉―浜田寿美男との対話
エピローグ 放哉の笑い
著者等紹介
西川勝[ニシカワマサル]
1957年、大阪生まれ。専門は、看護と臨床哲学。大阪大学コミュニケーションデザイン・センター特任教授。高校卒業後、精神科・透析治療・老人介護の現場で看護士や介護士として働く。一方で関西大学の二部で哲学を学び、後に大阪大学大学院文学研究科博士前期課程修了。現在は「認知症コミュニケーション」の研究を行いつつ、哲学カフェやダンスワークショップなどの活動にも取り組む(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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gtn
28
放哉の庇護者荻原井泉水は、身分と経済生活と最愛の細君を放下して、無の世界に飛び込んでいったと彼を美化するが、放下などではなく、社会から放逐されただけだと著者は切って捨てる。全くの同感。自業自得とはいえ、人生の悲哀、つらさを全身に浴びる。自由人なら受け流すことができようが、幼稚な彼にはそれもできない。だから、句作によりこの世に痕跡をとどめようとしたのではないか。彼はただの甘ったれである。しかし天才でもあった。「すばらしい乳房だ蚊が居る」なんて句、誰も詠めない。2021/03/16
Mari/とんトマ
2
カバーをはずして「うら」を見て息をのんだ。誰もが、それぞれの孤独を抱えている。尾崎放哉の「咳をしても一人」の孤独を、小豆島への旅や、心理学者との対談を通して読みといていく。2020/12/29
aof
2
すごく良かった。今の自分にめちゃくちゃ響いた。 一人のおもてが孤独なら、一人のうらは応答。 自分の目の前には誰もいないと感じている者同士がふと背中を触れ合わせる刹那のぬくもりに開かれている一人と一人をつなぐ道。 孤独と言っているうちは孤独ではないのかもしれない。 2018/03/25
Noshi Wada
1
尾崎放哉終焉の地・小豆島に行くにあたって、買い求めた一冊。放哉て勝手に孤独で清貧の人だと思ってたが、鳥取のそこそこいい家の子で、帝大出て保険会社の次長まで出世するも酒で失敗して家族も捨てて流転の身…みたいな人生台無し感溢るるダメ人間ぶりにぐっときた。ちょいちょい自分と放哉を重ねている本書の著者が、おセンチではあるが読み物としては面白い。いくつものダメ人生がある。ダメだから私も惹かれる。一緒にするなと放哉に言われそうだが。2016/05/01
慶多楼
0
図書館で借りた本でカバーが取り外せないので「うら」にまわれません。2017/03/12