内容説明
DV、少子化、夫婦別姓論争の正体。DVの真相とは、少子化を止めるものとは、あらゆる性差別にひそむ本質とは…生活と実践を通して得た「答え」がここにある。
目次
序 政治的なことは個人的である
1 結婚と家族(「伝統」への挑戦―日本の夫婦別姓論争を香港の平等継承権論争と比較して;司法の場での夫婦別姓論争)
2 男にとっての妊娠・出産・育児(“産ませる性”の義務と権利―男性にとってのリプロダクティブ・ヘルス/ライツを考える;家事・育児する男は少子化を止めるか?)
3 ドメスティック・バイオレンス(DV)(愛と暴力―ドメスティック・バイオレンスから問う親密圏の関係倫理;被害者が加害者に変わるとき―被害者にかかわるすべての人に求められるDV理解)
結 個人的なことは(やはり)政治的である
著者等紹介
沼崎一郎[ヌマザキイチロウ]
1958年宮崎県生まれ。東北大学文学部卒。91年ミシガン州立大学大学院博士課程修了、92年、Ph.D.取得。現在、東北大学文学部教授。専攻、文化人類学、東アジア研究、人権、ジェンダー(特に男性性)。主なフィールドは台湾、香港、日本では、女性への暴力に取り組む市民運動とアドヴォカシー活動に参加(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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Taka
12
字がびっしり論文本。政治的なことは個人的。締めも政治介入が大事であると締める。夫婦別姓論争から産ませる性のぎむと権利。育児家事をする男はむしろ1人っ子を望む。なぜなら子供は消費財であり、増えるごとに育児等のコストが増すことを育児家事をする男性はわかっているからである。女性に対して手軽に暴力という手段をとる男達。配偶者に殺害されるのは妻の方が一貫して多く、毎年100人を超えていたのは驚愕。アカピグミーの男性は育児にこよなく参加する、つまり男性は狩猟に行っていたから育児をしたいのではない。甘えを選択している2023/09/26
Humbaba
0
子どもはかけがえのない存在であり、それを育てるというのは非常に意義のあることである。しかし、そうであったとしても一人の人間を育てるというのは多くの労力がかかることもまた事実である。これまでその負担の多くを女性が担っており、それによって第二子を産みたいと思っても負担を考えて躊躇することもあった。男性が育児に参加することでその負担は減るため第二子に積極的になるかもしれないが、その分の負担により男性側がそれを躊躇するようになる可能性もある。エネルギーが有限である以上、そちらについても考慮が必要になる。2025/09/24
acupofcoffee
0
著者のフェミニズムとの出会いを述べた「序」が衝撃的です。著者は自分の姓で結婚届を出すことに「何の疑問も抱かず」、後日、奥さんから事実婚になろうと提案されて「抵抗した……何もそこまでしなくてもと思った」といいます。アメリカの大学院で学んだ知識人でありながら、男性にとってはここまで他人事なのかと驚きます。そんな著者も数々の実体験を通して、別姓や育児やDVへの深い問題意識を持つに至ります。男性であっても、体験すれば「自分事」になる。そこに希望があると感じました。2025/09/14




