内容説明
熊になろうとした少年イキリの魂の彷徨。池澤夏樹が紡ぐ、大人のための創作童話。
著者等紹介
池澤夏樹[イケザワナツキ]
1945年北海道生まれ。作家
坂川栄治[サカガワエイジ]
1952年北海道生まれ。アート・ディレクター、エッセイスト。書籍・雑誌のデザイン、広告・CDデザインのディレクション等を手がける(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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新地学@児童書病発動中
112
素晴らしい絵本。動物や自然と人間のかかわりについて、深く考えさせる。坂川栄治氏による素朴なタッチなイラストも素晴らしい。ふとしたきっかけで熊になったイキリ少年は、熊して育てられ、自然の中で大らかに生活する。しかし、矢が体に突き刺さり、人間に戻る。その後は彼の居場所はなくなって……。人と自然は和解することは難しいのかもしれない。それでも、熊の神様のように人に救いをもたらしてくれるものは、存在するのだと思いたい。2017/08/08
chimako
88
作者の池澤夏樹さんが前書きで「声に出して読んでほしい」と書いていらっしゃる。声に出して読む。少年イキリの親たちは心正しいアイヌではなく、心がねじくれたトゥムンチの一族。熊を狩り暮らすが感謝も崇拝もない。「かわいそう」と言う言葉もない。そこで育ったイキリには、しかし相容れない思いが募る。少年は狩りに出て熊に助けられ、子熊として成長し、やがてトゥムンチに戻る。そこには何も変わらない一族。悲しさが積もって絶望したイキリは死にたいと思い身を投げる。それでも変わらないトゥムンチは誰だろうか。2019/01/30
れみ
64
狩人の一族に生まれた少年イキリ。大人たちがを粗末に扱うことに疑問抱くようになった頃、突然の出来事がきっかけで熊に育てられることになる…というお話。なんて切なくてやるせないお話だろう。最終的に熊でも人間でもない存在になってしまったイキリの孤独が辛いけど、文章や絵がとても魅力的だった。2015/08/25
Shoji
47
短い短いお話。しかし、その短いお話の中に色々詰まっています。自然を崇拝し感謝することの大切さ、他者をリスペクトすることの大切さ、命を絶つということとは。失われていく自然と大地、それは人間の心だった。もはや人間は修復不可能なダメージを地球に与えているのではなかろうか。私たちの住むこの地球はこれからどうなって行くんだろう。終章の「嘆きの歌」は圧巻だった。2020/06/06
ケロリーヌ@ベルばら同盟
45
喪われたもの、喪いつつあるものの前で、言葉もなく立ち尽くす。焦燥と、哀しみと、「でも、それは自分だけのせいじゃないもの」「自分には何も出来ないし」醜い安堵と共に。作品を世に出した後も、心の中に寝付けない子がいて、子守唄を歌ってやるように、お話の続きをせがまれるまま語り聞かせるように、手を入れ続けた一編の古譚と、歌。『かわいそう』という言葉を持たぬ民の子に生じた慈しみの心。自然に生きる熊の厳しき愛と、無残な人の浅知恵に少年の身と心は引き裂かれ、島梟は嘆きの歌をうたう。リフレインは嫋嫋と懦弱な心を撃ち続ける。2019/01/21