出版社内容情報
金正喜(1786~1856)は名門両班出身の実学者で、「秋史体」という独特の書体を創作した朝鮮書芸の巨人。中国に赴き、燕京の書法の実事求是を学び、清新な書を韓国の風土にもたらした創造力と長い不遇生活(政争のため、55歳から約9年間を済州島の地で流配生活)が生んだ高雅な精神。この二つが一つになって彼の書が生まれた。
序章 遥かなるあの高い山
第一章 出生と家門(一歳~二四歳)
第二章 栄光の北京 六十日(二四~二五歳)
第三章 学芸の研鑽(二五~三四歳)
第四章 出世と家禍(三四歳~五十歳)
第五章 阮堂旋風(五十~五五歳)
第六・七章 済州島での流人時代〔上〕〔下〕(五六~六三歳)
第八章 江上時代(六四~六六歳)
第九章 北青流人時代(六六~六七歳)
第十章 果川時代(六七~七一歳)
終章 金正喜の死と没後の評価
金正喜(1786-1856)は、李朝後期の実学者、金石学者、書芸家、主な号は阮堂・秋史。清(燕京)の文化人との交流頻繁、影響を受ける。「秋史体」という独特の書体を創作した朝鮮書芸の大家である。「朝鮮の書聖」とも評されている。
内容説明
金正喜(1786~1856)は名門両班出身の実学者で、「秋史体」という独特の書体を創作した朝鮮書芸の巨人。中国に赴き、燕京の書法の実事求是を学び、清新な書を韓国の風土にもたらした創造力と長い不遇生活(政争のため、55歳から約9年間を済州島の地で流配生活)が生んだ高雅な精神。この二つが一つになって彼の書が生まれた。
目次
遙かなるあの高い山
出生と家門(一~二十四歳。一七八六~一八〇九年)
栄光の北京六十日(二十四~二十五歳。一八〇九~一八一〇年)
学芸の研鑽(二十五~三十四歳。一八一〇~一八一九年)
出世と家禍(三十四~五十歳。一八一九~一八三五年)
阮堂旋風(五十~五十五歳。一八三五~一八四〇年)
済州島での流刑時代“上”(五十五~五十九歳、一八四〇~一八四四年)
済州島での流刑時代“下”(五十九~六十三歳。一八四四~一八四八年)
江上時代(六十四~六十六歳。一八四九~一八五一年)
北青流人時代(六十六~六十七歳。一八五一~一八五二年)
果川時代(六十七~七十一歳。一八五二~一八五六年)
金正喜の死と没後の評価
著者等紹介
兪弘濬[ユコウシュン]
1949年ソウル生まれ。ソウル大学美学科卒。成均館大学大学院東洋哲学科で芸術哲学を専攻し博士号を受ける。嶺南大学、国民大学を経て、韓国文化財庁長、明知大学教授兼任
安宇植[アンウショク]
1931年東京生まれ。桜美林大学名誉教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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