新史料による児玉源太郎伝 - 内政は王道、外交は覇道たるべし

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  • サイズ 46判
  • 商品コード 9784867931653
  • Cコード C0021

出版社内容情報

最新研究で通説を覆す、決定版評伝!

●名将の条件、危機の時代のリーダーのあるべき姿とは? 台湾統治を軌道に乗せ、日露戦争を勝利に導いた"窮境に勝機を識る"名将の実像を、「児玉源太郎関係文書」に加えて、新史料「児玉家資料」・「浅見家史料」を使い、政治史・戦史・軍事学的観点から描き出す。

●最新研究で通説を覆す決定版評伝! 児玉は二〇三高地で何をやったのか?/児玉の用兵思想とは?/児玉は天才的戦術家だったのか?/統帥権改革の真相は?/新史料が明かす帷幄会議設置構想・監軍部(教育総監部)廃止構想とは?/内務大臣時代の先進的な諸政策はいかなるものか?/児玉が台湾統治で用いた「油さし政治」とは?

●二〇三高地攻略戦を指導し、日露戦争を勝利に導いた男・児玉源太郎。だが、児玉は戦争・作戦指導のみならず、軍事行政、軍制改革、軍隊教育、植民地統治でも成功を収めた。さらに、児玉には「平時の予言的改革者」としての側面もあった。これまでにも児玉の評伝は複数刊行されているが、近年になり公開された「児玉源太郎関係文書」を含む児玉関係史料を網羅的に収集することで、新たな事実が発見され通説を覆す必要が出てきた。本書は、多面的才能を持つ児玉の生涯を、新史料を駆使し、政治史・軍事学・戦史的視点を中心に描いた、児玉評伝の決定版である。



〈「軍服を着た政治家」であった児玉の公的生涯を一言で表現するならば「平時の飽くなき改革者、戦時の卓越した戦争・作戦指導者」ということになろう。しかも、彼が従事した改革や戦争・作戦指導は、歴代台湾総督が失敗した難治の地・台湾での成功や、大国ロシアを相手にした戦争の勝利に象徴されるように、窮境の中での成功であった。その意味で児玉は「窮境に勝機を識る男」といえた。指導者は窮境にあってこそその真価を試されるが、児玉はどんなに厳しい状況下に置かれても、強固な意志と頑強な知性で障害や抵抗を克服してその所信を断行し、成功を収めた。〉――本文より



※本書は、『児玉源太郎』(2019年、小社刊行)に、新史料である「児玉家資料」・「浅見家史料」などに基づく記述や写真などを大幅に増補した新版である。

※「内政は王道、外交は覇道たるべし」 児玉の政治理念を表した言葉。児玉は、内政は善政により民衆の生活を安定させてその心をつかむ政治を、外交は権謀術数をも厭わない帝国主義的政策を理想とした(本書「終章」参照)。

児玉源太郎(1852年-1906年) 萩藩の支藩である徳山藩の中級武士の家に生まれる。戊辰戦争では函館戦争に参加。維新後、佐賀の乱、神風連の乱の鎮圧で活躍。西南戦争でも武勲を挙げた。明治20年には陸軍大学校初代校長に就任し、軍制改革に貢献。日露戦争開戦後は満洲軍総参謀長として日本陸軍の勝利に多大なる貢献をした。さらに、政治・行政面でもその能力を発揮。台湾総督、陸軍大臣、内務大臣、文部大臣などを歴任し、軍政・行政改革に


【目次】

はじめに

帝国の興廃はこの一戦によって岐れる/「平時における飽くなき予言的改革者」



児玉家略系図



序章 明治天皇の御沙汰書

七十年ぶりに陽光を浴びた石像/明治天皇の悼惜/本書の目的



第一部 萬里南を鎮めて快哉を叫ばん



第一章 四十二の二つ児

1、生誕と家系

詩筵を賑わす男児出生の報/家系

2、父と義兄の死

父の悶死と浅見巌之丞の入婿/源太郎の教育/執政富山源次郎暗殺失敗と次郎彦の死

3、落魄と復興

家名断絶と報仇雪恨の教え/藩論転換と家名復興



第二章 河東の精兵

1、初陣

献功隊/敗戦で幕を開けた児玉の戦歴

2、教導隊でのフランス式歩兵学修行

将校速成教育と大村益次郎の死/児玉が受けたのは純粋な下士官教育か?/仮病事件/脱隊騒動に出陣/山田顕義による抜擢



第三章 憤涙、雨の如く滴る

1、任官と大阪鎮台での部隊勤務

任官――将校昇進は異例の出世なのか?/近代軍建設/大阪鎮台在勤時代――貼紙事件/任務の趣旨に基づく独断専行/食客から知識を吸収する/友人山田頴太郎との芸者遊び

2、戦傷

佐賀の乱/通説に対する疑問/石黒忠悳との出会いと野津鎮雄の知遇/憤涙、雨の如く滴る



第四章 児玉参謀は健在なるや

1、結婚と熊本鎮台での新生活

結婚・昇進・母の死/琉球出張と熊本鎮台幹部との交友

2、敬神党の乱

敬神党挙兵/鎮台の反撃/児玉による迅速な対応/隣県への叛乱波及を未然に防ぐ/「児玉参謀は健在なるや」の真偽/なぜ児玉が指揮権を継承したのか?/反撃を組織したのは児玉か?――通説の誤り/関係者からの評価



第五章 妖気地を捲き山河を蔽う

1、熊本城攻防戦

政府へ尋問の廉これあり/熊本鎮台籠城策に決す/政府軍は加藤清正の築城で勝利したのか?/天守炎上/児玉が放火したのか?――有力説に対する疑問/籠城中の問題をどう解決したのか?/高まる城内の不安/児玉、抛擲弾を発明する/突囲隊の出撃/児玉にとっての熊本城攻防戦の意義

2、豊後・日向方面での戦い

速やかに鹿児島を突かざるべからず/児玉は遊撃戦を戦い治安対策に精通したのか?/幕僚勤務とは?/奇兵隊の豊後進入/児玉提案の可否――通説の再検討/児玉の甘い作戦見通し/赤松峠・陸地峠の戦い/攻撃成功に