出版社内容情報
神宮で一度もプレーしなかった“素人監督”が、東京六大学野球を37年、動かし続けた。武器は戦術や理論を超越した「人間力」。
元明治大学野球部監督、島岡吉郎。没後36年、なお生き続ける銘言の実像をかつての主将・エースが描く。
明大野球部創部からの系譜、リーグ戦の歩み、シーズン別戦績、メンバー表、個人・チームの最高記録、野球殿堂入り顕彰者、最新情報などを追加し、判型を拡大した待望の新装版!
【目次】
序 章
第1章 「ここは野球部の合宿所ではない。人間修養場だ」
魂を込めて造ったグラウンドで、まず人間を鍛えたい
人間修養場「島岡野球劇場」
徹底した島岡式施設管理
人づくりは環境から
なぜ、監督を目指したか
人間修養の場「明和寮」
吉郎語録の産みの場所
食事も風呂も島岡精神
第2章 「野球の前にまず、人間の修養を積め」「人間力を磨け」「不得手に挑戦」
野球を通じて人間力を養うことは島岡野球の原点
世に溢れる「人間力」
人間力は島岡野球の原点
大学案内に溢れる「人間力」
人間力の産みの親?
素直さは人間力を磨く第一歩
不得手に挑戦
第3章 「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
謙虚さと感謝はしてもし過ぎることはない
選手の奢りを戒めた
成功の裏には必ず下支えがある
感謝と謙虚
恩師への感謝・その1 木村頌一先生
恩師への感謝・その2 武田孟先生
三度の甲子園
勝利へ「私」は許さない
部屋割りにも配慮
第4章 「島岡式勝利の方程式は、(技術×練習)×元気+その日の調子」
技術と練習と元気(精神力)の相乗効果
身体で覚える練習は島岡野球の真髄
「その日の調子」は御大の優しさ
外部コーチで技術をカバー
島岡式トスバッティングとバントの極意
3名の外部コーチ
「継続は力なり」、身体で覚える練習
霜解けに挑戦
1000球ピッチング
アンパンミット
ルイジアナ遠征
アメリカと日本の野球場
「同時スタート」
牽制球も投げ込み
技術と練習に「元気」を掛ける
野球日誌とラグビー早明戦
御大と忠さん
緊張と上がりは違う
四球と失策は勝利の方程式を壊す
リーグ戦は戦場?
その日の調子とコンディションづ
内容説明
明大野球部創部からの系譜、リーグ戦の歩み、シーズン別戦績、メンバー表、個人・チームの最高記録、野球殿堂入り顕彰者、最新情報などを追加し、判型を拡大した待望の新装版!神宮で一度もプレーしなかった“素人監督”が、東京六大学野球を37年、動かし続けた。武器は戦術や理論を超越した「人間力」。元明治大学野球部監督、島岡吉郎。没後36年、なお生き続ける銘言の実像をかつての主将・エースが描く。
目次
序章
第1章 「ここは野球部の合宿所ではない。人間修養場だ」魂を込めて造ったグラウンドで、まず人間を鍛えたい 人間修養場「島岡野球劇場」徹底した島岡式施設管理
第2章 「野球の前にまず、人間の修養を積め」「人間力を磨け」「不得手に挑戦」野球を通じて人間力を養うことは島岡野球の原点 世に溢れる「人間力」
第3章 「実るほど頭を垂れる稲穂かな」謙虚さと感謝はしてもし過ぎることはない 選手の奢りを戒めた成功の裏には必ず下支えがある
第4章 「島岡式勝利の方程式は、(技術×練習)×元気+その日の調子」技術と練習と元気(精神力)の相乗効果 身体で覚える練習は島岡野球の真髄 「その日の調子」は御大の優しさ
第5章 「同じレベルだったら下級生を使う」島岡式選手制度は厳しさと優しさが同居 周囲の声に柔軟に対応
第6章 「明大野球部の存在意義は早慶を倒すことにある」常に六大学野球全体を考えていた 「打倒早慶」はライフワーク
第7章 「打倒江川!江川の高めの球を捨てろ」御大が檄で発した唯一の個人選手 「高校生に敗れた」から始まった江川対策 用意周到な対策はマーケティングの域
第8章 「グラウンドの神様に謝れ」グラウンドに神様が宿る?勝つためには縁起担ぎも徹底
第9章 「旧来の陋習を破れ」「悪貨は良貨を駆逐する」「いい習慣をつけろ」監督就任時の方針を終生貫く 組織の荒廃の結末をわかっていた
第10章 「社会に出たら労働基準法などないと思え、ひたすら働け」「初月給でいい酒を買え」「一事入魂」「スロー、アンド、シュア」大事も小事も魂を込めて事にあたれ 人生本番は野球が終わってから 随所に現れる御大の優しさ
番外編 「政治もなんとかせい!」高校野球、北海道を想う 政治家より監督 高校野球も北海道も発想の転換で次のステップへ
終章 人間力野球の継承、御大に捧ぐ
御大の監督時代の選手・マネージャー(1904名)
明治大学野球部の軌跡(1910年~2025年)
著者等紹介
丸山清光[マルヤマキヨミツ]
龍光。1953(昭和28)年、長野県生まれ。1972(昭和47)年、上田高校卒業後、明治大学商学部入学、在学中は硬式野球部に所属、島岡吉郎監督の下で東京六大学野球リーグ優勝3回。主将、エースとして活躍した1975(昭和50)年は、江川卓を擁する法政を抑えて春秋連覇。投手として20勝7敗。卒業後は朝日新聞社入社、販売局勤務を経て、関連企業役員を歴任。現在は合同会社北海道信州コム代表(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
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