出版社内容情報
有名な哲学者とその哲学思想を詩として表現する新しい哲学入門。
ソクラテスからニーチェ、そして老子など、詩を味わいながら哲学の森へと入っていく。
難解な哲学も不思議に理解できる!
「我思う、ゆえに我デカルト」
我思う、ゆえに我学ぶ
我思う、ゆえに我悩む
我思う、ゆえに我書物を漁る
我思う、ゆえに我世界を旅する
我思う、ゆえに我兵士となる
我思う、ゆえに我揺るぎないものを求む
我思う、ゆえに我炉部屋に籠る
我思う、ゆえに我すべてを疑う
我思う、ゆえに我あり
我思う、ゆえに我体を切り離す
我思う、ゆえに我涙あり
我思う、ゆえに我デカルト
「世界は言葉から出来ています。世の中を変える最先端技術であるAIさえ、結局は言語をベースにしたものです。そのせいか、昨今「言語化」の重要性が改めて叫ばれています。頭の中にあるものをいかに正確に、いかに美しく言葉にできるかが問われているのです。
正確さや内容を重視した表現方法が散文で、美しさや形式を重視した表現方法が詩にほかなりません。散文の極致は、言葉の意味を厳密に吟味して表現する哲学ではないでしょうか。だからどうしても、哲学の文章は、まどろっこしく、難解な表現になりがちです。
私はこれまで一貫して、そんな哲学の世界で文章を書いてきました。ところが、仕事の関係で詩に触れる機会が偶然重なり、改めて詩が放つ独特の雰囲気に魅了されたのです。具体的には、詩の持つスタイルに惹かれました。
散文である哲学は、言葉の厳密さや論理を重視するため、時にスタイルを犠牲にしてしまいます。ところが、詩はスタイルこそを重視しているのです。それもそのはず、詩は心が感じたものをそのまま言葉として表現しているからです。論理を始めとしたルールという名のフィルターを通すことはないのです。
もちろん定型詩など型の決まったものもありますが、私のいう詩はそれが素直な感情の表現である以上、自由詩を基本としています。詩はそれが言葉である限り、どう表現してもいいところに固有性があると思うのです。
そこで、詩の自由な表現方法で哲学の厳密な内容を表せないかと考えるようになりました。一見矛盾するようですが、もしそれができれば、きっと新しい文藝、そして新しい思考の表現形式になるはずです。本書はそのための実験であり、世の中への問題提起であるといえます。私はこのプロジェクトを「詩哲学」と名付けました。
本書では以下の三つの工夫をしています。一つ目は、哲学史上重要な哲学者たちをおおよそ時代順に取り上げ、その各々の哲学をまずは詩の形式で自由に紹介した点です。二つ目は、その各々の哲学者の主要テーマを取り上げ、私なりに哲学しながらそれを詩のスタイルで表現した点です。これが狭い意味での「詩哲学」です。三つ目は、歴史上の哲学者たちが詩をどう捉えてきたのか、コラムという形で紹介している点です。」(「はじめに」より抜粋)
【目次】
第1章 始まりの詩(ソクラテス:問い・プラトン:愛…)
第2章 高鳴りの詩(パスカル:思考・ロック:経験…)
第3章 騒めきの詩(キルケゴール:不安・ショーペンハウアー:孤独…)
第4章 纏まりの詩(ベルクソン:時間・レヴィナス:他者…)
第5章 広がりの詩(アーレント:悪・ロールズ:正義…)
第6章 和みの詩(西田幾多郎:無・九鬼周造:偶然性…)



