感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
1.3manen
42
文学literatureという術語は、書かれたもの、を意味するラテン語literatura。アルファベット文字を意味するliteraに由来。書かれたものを包摂するが、文学に匹敵する術語(概念)がない(31ページ)。中東のスークやバザールで物を買うのは、ことばによる手練手管、慇懃なる決闘、機智の応酬で、声としてのことばの格闘技における作戦行動(146ページ)。初期の印刷文化で、本を読むことは、一人の人間が集団のなかで他の人びとに読んで聴かせる社会活動(268ページ)。わたしは一人ないし複数の他人をもって2026/03/11
松本直哉
18
話される言葉が飛翔する蝶だとすれば、書かれた言葉はピン留めされた標本の蝶だろうか。一瞬にして過ぎ去るたまゆらの出来事を文字に固定するとき初めて、分析と構成と彫琢が可能となる。ギリシャ人によるアルファベットの母音の発明が、声を明晰な形で視覚的に表すことに初めて成功する。それが哲学の黎明と重なっていたことは偶然ではない。同時にそのとき、声の文化の持つ自発性・即興性・一回性は永遠に失われた。どちらが良い悪いではなく、文字の文化がもたらした豊かな果実と、永遠に失われた一回性の両方を想像しなければならない。2026/04/08
まいこ
15
文字を読むようになったことで社会も、個人の内面も、また物語のスタイルも変化していった。声の文化では、言葉が発する端から消えてしまうし、事実を積み重ねる分析的な思考もできなかった。三段論法とか理解できるのは、文字の文化の人だけなのだ。また、現代の物語の多くは、クライマックスに向かって緊張が高まり大団円に至るプロットがあるが、声の文化では先に核心が述べられ、あとに背景や詳細が延々と繰り返し定型句で続くという、「まるでビジネスマンの報告のように」。朗読を聞くスタイルだと、聞き逃し対策も必要だったのかも?2026/03/07
eirianda
6
原初のオラリディからリテラシーに移りでなくした能力と得た能力、そしてエレクトロニックに移行することは、再びオラリティへ移ることだが、それはすでに最初のオラリティとは別物で、リテラシーで培った論理性を伴う。2026/04/04
さえもん
4
ドストエフスキーの作品では、よく主人公である作家が社交界のような場で自分の作品を朗読する場面が描かれている。なんでこんなことするんだろうと思ってたが、まだまだ声の文化の影響が残っている証左なんだと思った。突っ込みどころもある本だが、声の文化と文字の文化の心性の違いという着眼点は革新的なものだと思う。文字ができてからの人類の急速な変化は、科学ができてからの変化と同等以上のものがある。 小林秀雄の、パイドロスにおいてソクラテスを介しての「文字を獲得したことはそんなに良かったことなのか」との発言が甦ってくる。2025/12/13




