内容説明
ユーモアとペーソス、そして静かな怒り。歌は枝から滴り落ちる雫となって掌に降りつもる。
目次
春になると妖精は
手品
その青が
銀の火
菩薩戦争
呼吸する舟
時の砂
沼
薄明の痣
ゴーレム
不自由律
胎蔵界の切符
うすいよふけ
洞窟
ゆめのような
世界樹の素描
夜を終わらせる
著者等紹介
吉岡太朗[ヨシオカタロウ]
1986年、石川県小松市に生まれる。2002年、J・R・R・トールキン「ニグルの木の葉」を読み、創作を志す。2005年、井辻朱美に触発され、短歌をはじめる。2007年、30首連作「六千万個の風鈴」にて第50回短歌研究新人賞を受賞。2014年、第一歌集『ひだりききの機械』(短歌研究社)を刊行(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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夜間飛行
188
「春になると妖精は」の章だけ。《わし》が私=鷲である。森の月光や木苺の世界から《わし》は湖畔の町へおり、君と出会う。《電話する君の肩へと腰掛けるどっこらしょとかゆわへんように》…私個人の印象だが、感情と理性のバランスを取りながら滑空する「わし」は優しい。そこから空、雨、葉、水、火などを歌う。《感情はこんな垂直にくるもんか蒼穹へ散る一葉のなく》《火と睦みあう冬空をひたすらに見る みるだけの生きもんとして》…手が届かないけれど、大切なものの在り処としての空。降る、散る、見る…など動きが交錯する中に立つ世界樹。2021/09/19
夜間飛行
178
《わしの手は手品のひとつもできんくて他人の口にたばこを点す》《てこの原理つこたらからだは持てるからこころゆくまでもたしてほしい》…物や軀に触る優しさ。だが介護の場にあって、まるで佛が理不尽を為すかのように、托鉢をりゃくだつと読む。手の歌が多い。《ちゃぶ台に割れて置かれていし殻はうつしよの手に包まれながら》《かまれたら真理が牙から血管をつとうて無明をはらすんやとゆう》…作者の手か誰の手か判らぬ「うつしよの手」と「いし殻」のふれ合い。次の歌の「かまれる」にドキッとした。手がかまれるのか、それとも手がかむのか?2021/09/26
夜間飛行
172
最終三章。《洞窟の人でゆうなら肺ほどのふかさにねむる 洞窟と寝る》…「肺ほどのふかさ」って微妙で面白い。医療従事者らしくて。《それらしき木はなけれども敷石にかえでのひとつ濡れて張りつく》《くみしいとるほうもしかれとるほうもかえでの赤くぬれとる草地》…一枚だけ張りついたかえでと、重なり合ったかえで。美しく可愛らしく官能的だ。《町並みが焼かれんままに暮れてゆく長虫のごと川は動きて》…なつかしい景色。《枯れ枝が切り分ける空 星をのんだかじやが星をかえしたあとの》…夜の空? 朝の空? 私はきれいな星空と思いたい。2021/10/01
うさぎや
8
日常とそうでないもの(「非日常」ではない)とのあわいで揺れる。関西弁が混じることで、描かれる光景は現実に限りなく近付く時と、逆に遠ざかる時があるような気がする。2019/03/23
Cell 44
4
「中指のあらん限りを立てている松のさびしき武装蜂起は」「横倒しんなった鳩から流れ出てはじめて雨とゆうもんにあう」「ふくれたりちぢんだりして銀の火がそこにあるかのような文鳥」「車椅子風のふかへんほうにむけ君に吸わせし煙草のいくつ」「すれちがうおとこも洞窟連れておりたがいのうつろしばし見せ合う」関西弁-文語の文体の不思議な静けさ。渡辺松男にも通じる自在な擬人的想像をたもつ豊かな韻律の幅と、連作「不自由律」「胎蔵界の切符」に見られる韻律への実験精神。歌集半ば、介護の諸連作の静かで痛切な抒情にその髄の一端を見る。2021/01/28