ザクセン人の事績

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ザクセン人の事績

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  • サイズ B6判/ページ数 336p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784862852564
  • NDC分類 234.04
  • Cコード C3022

出版社内容情報

オットー朝(919-1024年)の東フランク=ドイツ王国史の10世紀前半は,同時代史料が乏しく「歴史叙述者たちの欠如の故に暗黒の世紀」と呼ばれた。その中でフランク帝国において最もキリスト教化の遅れたザクセンの布教の前進基地,コルヴァイ修道院の修道僧ヴィドゥキントは,旧約聖書外典や古代ローマの古典文学の影響を受けつつ,羊皮紙の文字史料とさらに重要な情報源である口頭伝承を活用して本書を執筆した。
彼の筆致は,悪智恵の限りを尽くした陰謀の舞台裏,あるいは英雄たちへの熱烈な讃辞や,勇敢な男たちが死闘を繰り広げる血生臭い戦場の写実的で叙事詩的な描写で躍動する。本書が歴史史料に留まらず「文学作品」として広くドイツ人の間で愛読されてきた理由であった。
オットー朝とザクセン民族の理想的・調和的協調の歴史を,異教的・戦士的エートスからキリスト教的救済史への変遷として捉え,神と直結した神寵王権が国外の蛮族との戦争や国内の内乱の鎮圧を通じて,「平和と協調」を実現していくプロセスが詳細に描かれる。当代の集団的記憶と支配観念との関係を分析する上でも好適な史料であり,中世史や中世文学研究にとっての基本文献である。

凡例

第一巻
皇女マティルデ殿下への第一巻の序文が始まる
 1章 著者は本書以外にも既に他の書物を執筆していること
 2章 ザクセン人の起源についての幾多の人々の異なれる見解
 3章 彼らが船でハーデルンと呼ばれる地に到来したこと
 4章 テューリンゲン人が彼らの到着を快く思わず,彼らと戦ったこと
 5章 一人の若者がいかにして黄金で土地を獲得したか
 6章 テューリンゲン人がザクセン人の約束違反を訴えたが,ザクセン人が勝利したこと
 7章 ザクセン人の名前の由来
 8章 ザクセン人の名声が広まり,ブリトン人によって救援を要請されたこと
 9章 ティアドリヒが国王に選ばれ,イルミンフリートに対抗してザクセン人を救援のため呼び寄せたこと
 10章 イリングがティアドリヒを唆して,ザクセン人に対抗させたこと
 11章 ハタガートがザクセン人を戦闘へと鼓舞したこと
 12章 ザクセン人が城塞を占拠した後,鷲を据えたこと
 13章 ティアドリヒがザクセン人にこの地を譲り,イルミンフリートは殺害されたこと
 14章 ザクセン人が地方を分割し,三つの身分と三つの法の下に生きていること
 15章 カール大帝が彼らをいかにしてキリスト教徒にしたか
 16章 ルートヴィヒ,ブルーノ,オットー,国王コンラート
 17章 国王ハインリヒ
 18章 ハンガリー人,別名アヴァール人について
 19章 ハンガリー人がカール大帝によって包囲されたが,アルヌルフによって放免されたこと
 20章 ハンガリー人がいかにしてザクセンを荒廃させたか
 21章 ハインリヒがザクセンの大公になったこと
 22章 ハインリヒ,司教ハットー,伯アーダルベルト
 23章 コンラートと弟エーベルハルト
 24章 コンラートがハインリヒを包囲したこと
 25章 死の床での国王コンラートの言葉
 26章 エーベルハルトがハインリヒを国王に立てたこと
 27章 国王になったハインリヒが混乱した王国を直ちにまとめたこと
 28章 ルートヴィヒとその息子たち
 29章 カール,ウードと彼らの子孫たち
 30章 ハインリヒがいかにしてロートリンゲン人の王国を獲得したか
 31章 国王ハインリヒと王妃マティルデの息子たち,彼らの家系について
 32章 ハンガリー人とその捕虜について,国王によって九年間の和平が保証されたこと
 33章 殉教者ディオニュシウスの手
 34章 聖なる殉教者ウィートゥス
 35章 国王ハインリヒがいかにして九年間の和平を活用したか
 36章 レダーリ族がいかにして打ち負かされたか
 37章 国王の息子の結婚
 38章 国王の演説。彼がいかにしてハンガリー人との戦闘で勝利を収めたか
 39章 彼がいかにして勝利者として凱旋したか。彼の性格について
 40章 彼がいかにしてデーン人に勝利したか
 41章 彼がいかにして病のため亡くなり,どこに埋葬されたか

第二巻
皇女マティルデ殿下への第二巻の序文が始まる
 1章 王宮アーヘンでの王国会議,新国王の選出と塗油
 2章 国王への奉仕と彼の君公たち
 3章 ボレスラフとの戦い
 4章 蛮族に対する国王の遠征
 5章 ハンガリー人について
 6章 国内の戦い
 7章 殉教者インノケンティウスの聖遺物
 8章 バイエルン人の大公アルヌルフ
 9章 ジークフリートと国王の息子タンクマル
 10章 国内の争いと法をめぐる見解の相違
 11章 タンクマル,エーベルハルト,ハインリヒ,内戦の始まり
 12章 国王の弟ハインリヒ
 13章 エーベルハルトがいかにして赦しを得たか
 14章 再びハンガリー人について。いかにして彼らが多大な損失の故に退却したか
 15章 ハインリヒがいかにして権力欲に駆られたか
 16章 ロートリンゲン人の大公ギーゼルベルト
 17章 ビルテンの戦い
 18章 ダーディがいかなる計略によってハインリヒの戦士を国王側に寝返らせたか
 19章 ハインリヒがザクセンに帰還したものの,国王に打ち負かされ,再び出立したこと
 20章 蛮族がいかにしてゲーロの殺害を企て,長きに亘る戦闘を続けたか
 21章 国王ハインリヒが遺したスラヴ人について
 22章 国王の軍隊がいかにしてハインリヒに立ち向かったか
 23章 インモーとギーゼルベルト
 24章 エーベルハルトとギーゼルベルト
 25章 司教フリードリヒとロータルト
 26章 大公エーベルハルトとギーゼルベルトの死
 27章 再びインモーについて
 28章 ギーゼルベルトの甥たち,アンスフリートとアーノルト
 29章 ハインリヒがいかにして赦しを得たか
 30章 総督ゲーロ
 31章 再びハインリヒについて。多くの者がいかにして彼と共に国王に対し共謀したか
 32章 様々な前兆について
 33章 ロートリンゲン人の総督オットー
 34章 アルヌルフの弟ベルトルト
 35章 国王がいかにしてもう一人のユーグを武力で屈服させたか
 36章 兄弟間の協調,彼らの性格と振る舞い
 37章 修道士への弾圧について
 38章 修道院長ハダマール
 39章 国王ルイとその息子たち
 40章 ボレスラフの人質たち
 41章 王妃エディットの死

第三巻
皇女マティルデ殿下への第三巻の序文が始まる
 1章 国王がいかにして息子のリーウドルフを後継国王に選んだか
 2章 ガリア遠征,国王と大公ユーグの争い,国王ルイ
 3章 国王がいかにしてラン,さらにパリとランスの両都市に進攻したか
 4章 彼がいかにしてルーアンに進攻し,その後ザクセンに帰還したか
 5章 ユーグがいかにしてシール川で国王の下に到来したか
 6章 国王の息子リーウドルフ,いかにして彼がイタリアに遠征したか
 7章 ランゴバルト人の国王ベレンガーリオ
 8章 いかにして国王がボレスラフに対して軍隊を率いたか
 9章 いかにして国王が王妃と結ばれ,それに立腹したリーウドルフがそこから立ち去ったか
 10章 結婚式を祝した後に国王はザクセンに帰還し,和平を結ぶためにベレンガーリオが後に続いたこと
 11章 都市アウクスブルクでの人民会議,さらに同地で起きた奇蹟
 12章 国王の子供たち
 13章 国王に対し企てられた陰謀
 14章 復活祭の祝い
 15章 国王の息子と義理の息子,そして司教フリードリヒ
 16章 フリッツラーでの人民会議,伯ダダンとヴィルヘルム
 17章 大公コンラートに対するロートリンゲン人の戦い
 18章 マインツの包囲,ハインリヒとリーウドルフの争い
 19章 国王の従兄弟エクベルト
 20章 バイエルン人がいかにしてリーウドルフと結託したか
 21章 アルヌルフとその兄弟たち,軍隊が解散を要求し実現したこと
 22章 国王について,そして多数の者たちが誠実に背いたこと
 23章 ザクセン軍のマインツ進攻
 24章 ティアドリヒとヴィヒマン
 25章 エクベルトとヴィヒマン,大公ヘルマン
 26章 国王のバイエルン到来
 27章 司教フリードリヒと他の司教たち
 28章 国王がいかにしてなすところなくザクセンへと帰還したか
 29章 ヘルマンと甥たちの間の争い
 30章 アヴァール人がバイエルン人と結託したものの,国王が強大な軍隊で立ち向かったこと
 31章 バイエルン人が戦いに疲れ,和平交渉をおこなったこと
 32章 ランゲンツェンの国王会議
 33章 司教フリードリヒと大公コンラート
 34章 リーウドルフが立腹して父の下を立ち去り,国王は彼を追跡したこと
 35章 ロスタール近郊の戦闘
 36章 都市レーゲンスブルクの包囲
 37章 リーウドルフは和平を要求したものの得なかったこと,アルヌルフの死
 38章 リーウドルフに平和が与えられ,国王はザクセンに帰還したこと
 39章 ハインリヒの新市街への進攻
 40章 国王がいかにしてその息子を慈悲深く受け入れたか
 41章 司教フリードリヒの最後
 42章 ウクラー族がいかにしてゲーロによって征服されたか
 43章 レーゲンスブルクが降伏し,国王がこの地を弟に返還したこと
 44章 国王がフン人に対し収めた見事な勝利について
 45章 スラヴ人に対するティアドリヒの戦い
 46章 この間に出現した徴について
 47章 大公コンラートの死
 48章 アヴァール人の三人の指揮官
 49章 国王の勝利
 50章 国王,そしてヴィヒマンの奸策
 51章 軍隊がヴィヒマンを城塞?スイトレイスクランヌ?で取り逃がしたこと
 52章 いかにして?コカレスケミ人?の城塞が攻略されたか
 53章 いかにして国王がかの殺戮に対し報復したか
 54章 総督ゲーロ
 55章 蛮族の国王ストイネフと彼を殺害した戦士
 56章 国王が幾多の勝利によって栄光を得たこと
 57章 リーウドルフが友人たちのために祖国を立ち去ったこと
 58章 彼の死去を伝える書簡
 59章 ヴィヒマンが密かにザクセンに舞い戻ったこと
 60章 ヴィヒマンがいかにしてゲーロによって服従を受け入れられたか
 61章 衣服に現れた徴について
 62章 皇帝の病
 63章 国王の二度目の遠征
 64章 ヴィヒマンがいかにして再び反乱を起こしたか
 65章 デーン人がいかにして皆キリスト教徒になったか
 66章 ゲーロが誓約のためにヴィヒマンを立ち去らせたこと
 67章 ゲーロがいかにしてラウジッツ族に勝利したか
 68章 二人の小王とヴィヒマン
 69章 ヴィヒマンの死
 70章 ヴィヒマンの武器を受け取った後,長らく皇帝の地位にあるオットーがザクセンに書簡を書き送ったこと
 71章 ギリシア人の使節団と彼らの欺瞞
 72章 グンターとジークフリート
 73章 コンスタンティノープルの人民と彼らの皇帝
 74章 皇帝の母マティルデ,司教ベルンハルトとヴィルヘルムの死
 75章 イタリアからの皇帝の帰還,彼の死
 76章 人民がいかにして父の代わりにその息子を統治者に選んだか

解説
あとがき
系図・地図

コルヴァイのヴィドゥキント[コルヴァイノヴィドゥキント]
著・文・その他

三佐川亮宏[ミサガワアキヒロ]
翻訳

内容説明

オットー朝(919‐1024年)の東フランク=ドイツ王国史の10世紀前半は、同時代史料が乏しく「歴史叙述者たちの欠如の故に暗黒の世紀」と呼ばれた。その中でフランク帝国において最もキリスト教化の遅れたザクセンの布教の前進基地、コルヴァイ修道院の修道僧ヴィドゥキントは、旧約聖書外典や古代ローマの古典文学の影響を受けつつ、羊皮紙の文字史料とさらに重要な情報源である口頭伝承を活用して本書を執筆した。オットー朝とザクセン民族の理想的・調和的協調の歴史を、異教的・戦士的エートスからキリスト教的救済史への変遷として捉え、神と直結した神寵王権が国外の蛮族との戦争や国内の内乱の鎮圧を通じて、「平和と協調」を実現していくプロセスが詳細に描かれる。

著者等紹介

三佐川亮宏[ミサガワアキヒロ]
1961年札幌市に生まれる。1991年北海道大学大学院文学研究科博士課程中途退学(1987‐90年、DAAD奨学生としてボン大学に留学)。北海道大学文学部助手を経て、東海大学文学部教授。博士(文学)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

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Miyoshi Hirotaka

24
ザクセン人が活躍した地域は、今のオランダ、北ドイツ、ポーランドに亘る平坦地。ここは、ドイツが電撃作戦を展開したように東西の陸路、海路で容易に侵入される。負ければ全てを失う背水の陣で、絶えず戦い続ける必要があった。ザクセンという名称は当時使われていた武器と武勇に由来する。一部は対岸の島、つまり、今のイギリスに渡り、他民族と集合的にアングロ・サクソンと呼ばれるようになった。カール大帝によるキリスト教受容以降は、フランク人との一体化が進んだが、大帝の死後は分裂し、今のフランス、ドイツ、イタリアの原型になった。2017/10/01

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