内容説明
中編『散歩』をふくむ散文小品集は、ヴァルザーの魅力をあますことなくたたえる深くて澄んだ湖だ。明敏な眼から生まれる文章は、何気なく見えて不気味でもある。
目次
路上で
会社で
劇場
ベルリン
テクストは踊る
作家の肖像
僕はどうなったのか
散歩
著者等紹介
ヴァルザー,ローベルト[ヴァルザー,ローベルト][Walser,Robert]
1878‐1956年。ドイツ語圏スイスの散文作家。長編小説の他、多数の散文小品・詩・戯曲を発表。1933年以降は精神療養施設で過ごし、1956年のクリスマスの朝、散歩中に心臓発作で死亡
新本史斉[ニイモトフミナリ]
1964年広島生まれ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。現在、津田塾大学国際関係学科教授。専門はドイツ語文学、翻訳論
ヒンターエーダー=エムデ,フランツ[ヒンターエーダーエムデ,フランツ][Hintereder‐Emde,F.]
1958年ドイツ、バイエルン州生まれ。文学博士。現在、山口大学人文学部教授。専門は比較文学。現在、山口大学教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
きゅー
10
シュティフターを彷彿とさせる小さな物事への視線が心地よい。内容も「小さな徒歩旅行」「雪が降る」などと、大上段に構えたりはせずに日常人々が眼にしていながら、雑事に追われてしまっているために気づかない、精妙な風景を筆にする。そしてまた彼の描く世界には希望が溢れている。その様子を窺うだけでもこちらも穏やかな気持になれる。しかし彼の文章の美しさは弱々しく繊細な領域にのみ発揮されているわけでもない。「劇場火災」では火災に逃げ惑う人々の様子が鬼気迫る筆致で、一人の騎士の雄々しい姿が眼に焼き付くかのように描かれている。2013/01/18
ルーシー
6
ヴァルザーの文章は何度でも読み返したくなる。散文小品では美しい湖と周りの景色、大都市の喧騒、日曜日の楽しげな雰囲気が伝わる。中編「散歩」は銀行員に皮肉を言われ、仕立て屋に喧嘩を売り、道端の犬に話かける…。人生にすごく前向きなわけでも、将来に絶望するわけでもなくただ「今を生きている」中年男がとても好きだ。また、最初の一文がとても良い。『さてお伝えすることにいたしましょう、ある美しい朝のこと…散歩に出かけようという気になったわたしは、帽子を頭に載せ…そこを飛び出し、階段を駆け下り、通りへ急ぎました。』2020/07/08
ほんとのつながり
2
読書の目的は多々あれど、実用的な情報を得るためでもなく、人生の教訓らしきものを学ぶためでもなく、登場人物に感情移入してドラマを楽しむためでもなく、ただ、ただ純粋に、その文章を読むことそのものが目的となり歓びとなる読書というものがある。その稀有な例として真っ先に思い浮かぶのがヴァルザーの文章である。 彼の文章はみずみずしく、のびのびとしており、文章を書く歓びに満ち満ちていると同時に、だらしがなく、偏屈で、奇妙にずれている。このとらえどころのない魅力を手っ取り早く味わうには、短めの散文を集めた本書が最適だ。2022/05/13
h
2
ヴァルザーが情熱を持って取り組んでいたことは、事物を、現象を、あらゆる角度から観察して、猛烈に感動をし、その感動の出所を必死に探求して世界に伝える、といういわば「内的な行為」なのだが、これは目に見える「外的な行為」しか評価しない上司、異性、世間からは怠惰な夢想家、あるいは愚鈍な見栄坊と映った。この散文集にはその苦しみが余すことなく綴られている。事務机に突っ伏して泣き、時には呆気に取られるほど自己中心的な文句を上司にぶつけて、収入を自分から切り捨てる姿は気高い。ヴァルザーはぼくにとってある種のヒーローだ。2012/11/25
小丸
1
R・ヴァルザーの作品の語り手はお茶目でお喋りだが、同時に繊細で傷つきやすく、不安を抱えている。スイスの明るい自然や色鮮やかな大都市ベルリンの景色に投影される彼の思考の裏に孕まれている絶望感が、彼独特で愛らしい。2013/02/28