内容説明
これは、(財)渋谷教育振興財団を創設した渋谷晴爾について。その人となりと、創設に至る経緯を、当時西宮市教育委員会の教育長であった著者が、自らの経験に照らして描いた人生哲学のドキュメントである。同財団は渋谷春爾の私財を基金にしたもので、西宮市の高校大学生に奨学金を給付すると共に、中学生をアメリカ及び中国へ派遣するなど教育事業にも力を入れており、この全国にも例を見ない活動を紹介している。一方、著者は亡き母への思いを「生き方のメッセージ」としてまとめながら森進一の『おふくろさん』の熱唱に限りない愛着を寄せて、人の生き方は、共感と感動なくしては、教えたり育てたりすることはできないと説いている。
目次
第1章 死んだら何にももって往かれへん(渋谷晴爾・賀寿代夫妻とその「こころ」;合掌と「こころ」;中学生、太平洋を渡る―渋谷晴爾さんの「こころ」の贈りもの;中学生、中国へ橋を架ける―渋谷賀寿代さんの「こころ」の贈りもの)
第2章 教育哲学形成の軌跡(「出会い」から「ホッとする心」(癒し)まで
ひと仕事十年の思い)
第3章 森進一の「おふくろさん」に思う(森進一の「おふくろさん」に思う―まばらボケの「おばあちゃん」から孫へのメッセージ;「母」についての断章―「これからが、たいへんだなぁ」の老人の思い)
著者等紹介
小林久盛[コバヤシヒサモリ]
大正15・1926年生。兵庫県美方郡浜坂町居組448に生まれ、居組で初等教育を、鳥取で中等教育を受ける。兵庫師範学校卒業(昭和24年・1949年)。旧制大阪大学文学部哲学科卒業(昭和27年・1952年)。同大学院(昭和27年)。神戸大学法学部(2部)学士課程編入(昭和33年・1958年~昭和36年・1961年)。西宮市立浜脇中学校教諭(昭和27年・1952年から8年)。西宮市教育委員会(昭和35年・1960年から20年)。指導主事から教育次長。西宮市立西宮東高等学校長(昭和55年・1980年から約1年半)。西宮市教育長(昭和56年・1981年12月から約10年)。兼務西宮市大谷記念美術館館長(昭和63年・1988年から約1年半)。地方教育行政表彰。文部大臣(昭和60年・1985年)、名誉法学博士号・ゴンザカ大学(アメリカ・ワシントン州・スポーケン市)(昭和60年・1985年)、名誉同窓会員証(学位に相当)ワシントン州立大学(アメリカ・ワシントン州・プールマン市)(平成2年、1990年)、スポーケン市名誉教育長(昭和59年・1984年)。兵庫県都市教育長協議会副会長、近畿都市教育長協議会監事・副会長、全国都市教育長協議会理事、財団法人西宮くすの木会理事、学校法人聖心女子学院理事・副理事長・顧問(昭和60・1985~現在に至る)
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