ヘンリー・ストリートの家―リリアン・ウォルド 地域看護の母 自伝

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  • サイズ A5判/ページ数 331,/高さ 21cm
  • 商品コード 9784818010864
  • NDC分類 369.7
  • Cコード C3047

内容説明

経済的にも社会的にも目ざましい発展を遂げつつあった19世紀末のアメリカ。そのアメリカを新世界とし、より豊かな生活を夢見てヨーロッパから流れてきた移民たちの住み着いた先が、ニューヨークのイースト・サイドだった。看護師であり医学生でもあったリリアン・ウォルドは、その一角にあるヘンリー通りに、1895年、世界で初めての看護師セツルメントを開設。その後1933年に施設長を退くまで一貫して、ヘンリー・ストリート・セツルメントを拠点に公衆衛生看護・地域看護を実践し、市や国の政治にも働きかけて普及と啓蒙に努めた。本編はリリアン・ウォルド自身がその半生をつづったもので、名もない地域住人たち、社会や国を動かす運動家、政治家たちとの生き生きとしたエピソードに満ちており、公衆衛生看護および地域看護の原点を知ることができる。1915年に雑誌に連載されていた原稿を元に書籍化、歴史的意義を新たに標すものとして91年に改訂版が出版された。本書は91年版の全訳である。

目次

二〇年前のイースト・サイド
看護サービスの開始
看護師とコミュニティ
子供たちと遊び
教育と子供
障害児
働く子供たち
全国の子供たち
施設内の組織
若者〔ほか〕

著者等紹介

ウォルド,リリアン[ウォルド,リリアン][Wald,Lillian D.]
1867~1940年。世界で初めて看護師によるセツルメント活動を起こした。22歳でニューヨーク病院看護学校に学び、看護師となって働き始めるが1年で退職して医学校へ。医学生として学んでいた時に移民の生活を垣間見たのをきっかけに、ニューヨークのイースト・サイドに住み込み訪問看護活動を始めた。1895年セツルメント設立。公衆衛生看護を実践するかたわら、訪問看護の技術向上や普及のための教育、組織化にも尽力し、1899年に開設されたコロンビア大学ティーチャーズカレッジの公衆衛生看護師課程に少なからず関わったほか、1912年には全米公衆衛生看護協会を結成、初代会長を務めた

阿部里美[アベサトミ]
成蹊大学文学部英米文学科卒。英米文学翻訳家
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