内容説明
夫をなくしたひとりの女性が、従姉妹夫婦に招かれて、彼らの山荘にゆく。峡谷にある山荘に落ちつき、村の酒場にゆく二人を見送ったあと、この女性は先に寝てしまう。翌朝、目を覚ますと、二人は帰っていない。いぶかしく思って、猟犬とともに峡谷の出口まで出かけた女性は、透明な、つるつるした壁に行く手をはばまれる。この壁は山荘のある山岳地帯をとりまいており、壁の外では、人間も動物もすべて死滅していた…。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
algon
9
山荘に泊まった朝、透明な巨大な壁に阻まれ壁の向こうは全て死に絶え、こちら側は犬猫と牛1頭のみ…。この設定で書物も会話も音楽も無いままの生き延びる苦闘が始まった。絶対的孤独を高原の牧場が癒し、犬に愛され猫と戯れ牛に育まれながら過ごす命をつなぐための農事と内省の日々。日暮らしへの絶え間ない挑戦に疲労困憊しながらも、もはや家族となった動物たちに癒されながら1年半が経った、そして…。賢い女性とは言えその内省の冷静な判断の徹底ぶりが凄くシンプルな設定ながら長編を飽かずに読ませた。いやこれはかなりの傑作ではないかと。2023/10/10
地獄の
6
大自然のなかで見えない壁の中でしか生きられない極限状態に置かれた年配女性はどうサバイブするのか? 書かれた年代を考えると、現実のメタファーとして「壁」が描かれているように読んでしまう。その年代の女性がぶち当たるであろう理解不能な「壁」として、苦悩は繰り返しあらわれ、その度に色んな決意を繰り返す。辛い、キツイ、孤独の大盤振る舞いが語られていく。 独白形式で進んでいく物語は特殊なことは起こらず主人公が行動する事で展開する日常が進んで行く。そのなかでも動物と生活を共にするリアリティと愛情にグッときた。良品 2025/04/29
Toshiko Hirose
3
不思議というか、唯一無二の小説。ジャンルはSFであるようだが、ほとんどSF的ではない。山の中にひとり孤立した女性。女性のいた山小屋から下に降りる道の途中には、まるで水族館のアクリルガラスのような、つるつるして透明だが全くどうにもできない壁ができてしまっている。壁の向こうの一切の動物が一瞬にして生命をなくしたかのように動かない。このような状況から、ロビンソンクルーソーのように、1人で生きる女性の物語である。生の営みは具体的であり現実的でもある。黙々と生きる姿に、生きる意味を考えさせられる。2022/08/21
;
1
かなり変な小説。あらすじだけ見れば『ロビンソン・クルーソー』をはじめとするサバイバル小説の系譜に属するのかもしれないけれど、実際には随分と様相がちがう。そういった作品のたいていがその場を探索し、土地に名前をつけ、文明を築き上げようとするのに対し、この小説の主人公は生きるための作業を淡々とこなしながら動物たちと交感し、土地を自らが領有しようという欲望はまったくないように見える。実際記述のほとんどは動物たちについてのもので、それらは何の寓意も持たず、ただただ生命が息づいているリアリティがあった。2025/04/13
とらまめ
1
なにか恐ろしいことが起こること、「わたし」が愛し、大切にしてきたものが暴力的に奪われること。物語の序盤からそれは予告されている。それが明らかにされるのは最後の数ページなので、ずっと怯えながら読む。 「思い出と悲しみと恐れは残るだろう。そして生きているかぎり、きつい仕事が続くだろう」それに耐えながら生きていくことはできるだろうか。失うことがわかっているのなら何も愛さないほうがましだろうか。私は壁のなかで「わたし」のように生きただろうか。2020/01/03