内容説明
仏教伝来以来、日本の文化、社会、芸能に融け込んだ仏教。そこには古来より民衆のために物心両面の救済をし、時には己の命さえ投げ出した、名もない「遊行の聖」たちの存在があった。
目次
関西仏教伝説三十三ヶ所
修験の山々を往く―大峯山と出羽三山の神秘
無宿・放浪の仏教
説経から「語り物」へ
日本仏教と民間信仰
仏教と芸能の世界
僧侶の肉食妻帯
遊行の聖たち―「もう一つの生き様、死に様」
日本の観音信仰―愛と力のほとけ
日本人の先祖供養観―仏教以前からのうけとめ方
高野山の浄土信仰と高野聖
山の薬師・海の薬師
霊山と仏教
山岳信仰と弥勒菩薩
日本仏教と咒術
日本仏教と葬制
巡礼・遍路の信仰と歴史
一遍と神祗信仰
著者等紹介
五来重[ゴライシゲル]
1908年茨城県に生まれる。1932年東京帝国大学文学部印度哲学科卒業。1939年京都帝国大学文学部史学科卒業。1942年高野山大学教授。1955年大谷大学教授。1962年文学博士。1978年大谷大学名誉教授。1980年勲三等瑞宝章受章。1993年逝去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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マウンテンゴリラ
1
修験道の行者や念仏聖と呼ばれるような人々が、仏教以前の民間信仰と深く結び付いた人々であり、彼らが仏教自体の発展にも、大きな役割を果たしてきたことがよく理解できた。仏教に限らず宗教全般に言えることだが、根本は信仰にあり、その信仰とは何らかの実践を伴って意味をなすものである。本書の論旨として、そのような実践志向、庶民志向的な仏教観が描かれており、確かにその見方は哲学的、思想的なものとしてのみ仏教を理解しようとする姿勢を正すものであるだろう。→(2)2016/07/08
hasegawa noboru
0
名著『高野聖』(私はまだ読んでないが)を書かれた碩学の、雑誌『大法輪』に掲載された論考(1970年代が主)を集めた本。近頃(あるいはその頃から)流行の外来思想としての、あるいは仏像鑑賞としての、あるいは高名な大伽藍史跡見物としての仏教ではない、書名通りの内容。ギリギリ70年代までは、いわゆる善男善女たる庶民の民間信仰と仏教信仰がごく普通に結びついてあった実体が身近に見られたような気がする。ここらで言えば、山岳信仰の山、御嶽山参りの「御嶽講」、今はどうかな、病気治癒を願っての矢合観音詣で。 2014/09/04
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