出版社内容情報
本著は異彩を放つ近代論であり、近代社会に対する警告の著である。地球温暖化やオゾンホール、あるいはBSEなど、科学だけあるいは政治だけでは解決できないハイブリッド(混成物)がいまや巷に氾濫しているが、私たちはこれにうまく対処できていない。ところが対処できない理由を誰一人として知らない。著者は近代社会の特徴といわれる「自然と社会の分断」にそれを結びつける。現に、科学的事実と、社会や人間についての議論を混合してはならないというのが「近代の常識」とされている。《科学とは真実を発見する作業だから社会から離れて行わなければならないし、社会は個々人の意思を集合させることで作られるからモノの世界から自由なはずである。私たちはこの二つを混合する不分明な時代から進化してきた》。これが近代人に特徴的な自己認識である。
著者はこれを近代人の誤った自己認識であると断言する。近代人の自己認識と実践は乖離している。近代人が実際に行っているのは、むしろ自然と社会を結びつけてハイブリッドを生み出すこと、そしてその後でそれを純化し、存在論的に異なる二つの領域に分類整理することである。もし自然と社会を分断するような実践が近代人の特徴だというのなら、それは虚構であり、地上にはそのような近代人など一人もいないことになる。ではなぜ近代人は、実際の行動とは裏腹の誤った自己認識を持ち続けているのか。それは、科学の命題を「真実を発見する作業」として立てておけば科学の自律的発展を当然視でき、科学技術開発というものを社会のくびきから解き放つことができるからである。それがハイブリッドの異常増殖の原因である。
となれば現代の危機を脱するにはどうすればよいか。それは「近代」というものが実は自然と社会を混合することで成り立ってきたという事実を認識し、現代の危機の根源となっているハイブリッドの異常増殖を少しでも抑制していくことである。こうして著者は危機の処方箋を描くのであるが、この十分に説得的な著者の近代分析は目が覚めんばかりに先鋭的である。(かわむら・くみこ/武蔵工業大学)
目次
第1章 危機(ハイブリッドの増殖;ゴルディアスの結び目を再び結ぶ ほか)
第2章 憲法(近代の「憲法」;ボイルと対象としてのモノ ほか)
第3章 革命(自らの成功の犠牲になった近代人;準モノとは何か ほか)
第4章 相対主義(アシメトリーをいかに解消するか;拡大シメトリーの原則 ほか)
第5章 配分のやり直し(実現不可能な近代化;最後の吟味 ほか)
著者等紹介
ラトゥール,ブルーノ[ラトゥール,ブルーノ][Latour,Bruno]
1947年、フランスのボーヌ生まれ。哲学者としての経験を積んだのち、人類学者になる。1982年から2006年までパリ国立高等鉱業学校で教授職を務め、その後、パリ政治学院に移る。現在は同学院の「組織に関する社会学センター」の教授および副学長。またカリフォルニア大学UCSD、ロンドン大学LSE、ハーバード大学科学史学部の客員教授を務めるなど海外でも活躍している
川村久美子[カワムラクミコ]
上智大学卒業後、コーネル大学にて社会学修士号、東京都立大学にて心理学博士号を取得。現在、武蔵工業大学環境情報学部准教授。専門は環境社会学、科学社会学で、「環境科学技術と社会」が主な研究領域(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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