出版社内容情報
寺山修司の〈写真〉についての初の本格的書物寺山修司から照らす新たな写真史の一ページ。既成の芸術ジャンルに囚われることなく活動した寺山の、写真ジャンルにおける取り組みを論ずる。演劇や映画、文学や詩に比べ、写真ジャンルは寺山にとって特別な意味を持っていた。その活動を描き出そうとする初めての試み。東松照明、中平卓馬、森山大道、篠山紀信らとの交流を辿り、寺山自身の「半」写真家としての活動にも迫る。
内容説明
寺山修司にとって“写真”とは何か。既成の芸術ジャンルに囚われることなく活動した寺山にとって、特別な意味をもっていた写真。現実なのか幻想なのか?東松照明、中平卓馬、森山大道、篠山紀信、荒木経惟らとの交流を辿りながら、寺山にとっての「撮る」ことの意味を問う。
目次
寺山写真研究の現在
第1部 寺山修司と写真―一九六〇年代日本写真の伴走者(写真における“ダイアローグ”―時評「カメラによって“何を燃やす”」(一九六七年)
一九六〇年代写真界との理念の共有
開かれた書物―単行本『街に戦場あり』(一九六八年)の違和感
森山大道との緩やかな別れ―写真ジャンル論と方法の重複
中平卓馬との理念的決別―写真家と被写体の関係を巡って
「無言劇」の示したもの)
第2部 寺山修司の写真―半写真家の仕事(寺山写真の行方;さらなる境地へ―仮想敵としての篠山紀信;嘘と“ダイアローグ”―写真集『犬神家の人々』(一九七五年)を読む)
再び、「街に戦場あり」の三人について
著者等紹介
堀江秀史[ホリエヒデフミ]
1981年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻比較文学比較文化コース助教。専門は戦後日本の映像文化・メディア論・クロスジャンル論。立正大学、学習院女子大学非常勤講師(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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