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内容説明
アリストテレスから現代にいたる哲学が、触覚の直接性に基づく「直観主義」の罠に陥っている様を詳細に分析し、それを免れたナンシーの哲学の可能性をおし開く。現象学からドゥルーズを含むフランス現代思想全般を初めて批判的に論じ、その精神的背景としてのキリスト教=グローバリゼーションの脱構築を試みたデリダ晩年の哲学的主著。
目次
第1部 これがある―他者の(プシュケ;空間化=間隔化;これは私の身体である;触れ得ないもの、あるいは禁欲の誓い;柔和なもの;無関係、「触覚『なるもの』はない」)
第2部 「肉」についての模範的な物語の数々(接線)
第3部 句読点―「そして君。」(「自らに触れる、君よ」;「そして君へ。」計算できないもの)
著者等紹介
デリダ,ジャック[デリダ,ジャック][Derrida,Jacques]
1930年7月15日アルジェ生まれのフランスの哲学者。高等師範学校卒業後、社会科学高等研究院などで教壇に立つ。2004年10月8日膵臓ガンで死去
松葉祥一[マツバショウイチ]
1955年生。神戸市看護大学教授。哲学専攻
榊原達哉[サカキバラタツヤ]
1967年生。同志社大学講師。哲学専攻
加國尚志[カクニタカシ]
1963年生。立命館大学文学部助教授。哲学専攻(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
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デリダがナンシーに触れているのか、それともナンシーがデリダに触れているのか。「自らに触れる、君よ(se-toucher-toi)」。哲学は、代数学的な武器なしに唯一の接線を描き出そうするこころみに似ている。デリダにしかできなかったような仕方で、ナンシーにしかできなかったような仕方を、描き出すこと。賭けられているのはたぶんこれだけである。フーコーの言葉をなぞらえれば、たぶんフランスではじめて書かれた哲学のラブレター。書かれた言葉のなか、とくに哲学の言葉のなかでは、愛は消えゆく定めにあるとしても、なお、君よ。2018/10/18
歩き
1
読書会下読み終わり。前期的批判を後期的スタイルで処理しているようにみえる。まったき他者への到達不可能性という単一的否定神学的要素が強いが、触覚、感性の複数性、曖昧さという複数性への配慮もナンシーへの距離の取り方からみえる気もする。比喩形象、手、黙示録、クリプト、等々、他の著作との絡み合いも考える必要がある。2013/04/24
ULTRA LUCKY SEVEN
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