内容説明
現代の資本主義に内在する構造的暴力の背景をラカン派マルクス主義の立場からラディカルに分析。また、芸術や思想における「女性」の立場の不定性を検証して権力と性的なるものの相関を明らかにし、メビウスの帯のように表裏が相互に浸透しあう、現代の欲望のダイナミズムを精綴に解き明かした、現代思想の先端的な視座。
目次
第1部 原因=大義
第2部 女
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
またの名
6
何かを否定する構文の命題をラカンが言うとき否定されてるのは、逆の命題を信じてた馬鹿=数年前のラカン自身、という変化を踏まえ読解する「ラカン対ラカン」の意義を教える哲学書。ファシストは狂った主人の言説を本当は裏で功利的に打算する正常者が演じてると考えるアドルノに対し、狂気を装うこと自体が狂気なので、陰謀論やカルト崇拝を本気で信じず模倣してるつもりの状態こそが狂気だとジジェクは論じる。性差別的な思想にのめり込んだヴァイニンガーを逆転させ、男性的言説はトーンを少し変えるだけで女性化できることをラカンにより論証。2023/03/17
ナカユ〜、
3
一つの意味へと形が作られた言い切りの文章で面白さがあるんだが、僕の読みの浅さでは結局どうなの?、な感じ、古い本ではあるがそこはシジェックですので、二部以降の「女」に関する項は右寄りではあるものの、ちょっと揺さぶられるw、引用が多いかな・・・2019/09/26
2
再読。第一部が「大儀」、第二部が「女」をテーマにしている。第一部が、お得意のイデオロギー分析、あるいはリベラルの裏側でそれを支える猥雑なものの分析であり、いつも通りなので目新しさはないが、第二部は、ジジェクには珍しい(?)フェミニズム論である。「反フェミニスト」であるヴァイニンガ―にラカンのテーゼ、つまり、「女は男の<失堕>の原因ではなく、その結果生まれてくるもの」であり、それは女性に男性のナルシズムを投影していることに他ならない、それゆえに「女は存在しない」のだと。2017/05/03
ちゃちゃまる
1
今これを読んだのは私としてはタイムリー。 誰もがそんなことは何も知らないというふりをし、その存在を積極的に否定さえする“コード・レッド”の機能。それは最も純粋な姿での“共同体の精神”を再現し、個人に対して最大限の圧力をかけてくるような掟(コード)。狂気 は騙された人のなかに生まれるまのではなく騙されたふりをする人の当惑と快感の中に存在する。 もちろん王様は裸だと誰もが知っているのに。 3分の1でも理解できてたら嬉しい。2012/12/02
とまる
1
母がジジェクを知らず、表紙だけで危険な本と誤認された。政治を考えるにも女性を考えるにも、何度も読みたいし何度も読まないと分からない。2011/03/11