内容説明
「生物は考えることができるのか」「AIやロボットと友達になれるのか」―。人間に似ているようでそうでもない生物、AI・ロボットたちについて哲学的に考えることを通じて人間とは何かを見つめ直し、目まぐるしく変化する「これから」を考えるための入門書。
目次
第1部 生物って何だろう?(生物とは何か?;生物は機械なのか?;生物は考えることができるのか?;生物は行為することができるのか?;生物は価値判断することができるのか?)
第2部 ロボットやAIって何だろう?(AIやロボットが哲学に問いかけるもの;AIやロボットは考えることができるのか?;AIやロボットは行為することができるのか?;AIやロボットは権利をもつことができるのか?;AIやロボットと友達になれるのか?)
著者等紹介
高木駿[タカギシュン]
1987年、栃木県生まれ。北九州市立大学基盤教育センター准教授。専攻は哲学、美学、ジェンダー論
清水颯[シミズハヤテ]
1998年、北海道生まれ。北海道大学大学院博士課程、人間知・脳・AI研究教育センター。専攻は哲学、倫理学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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mim42
13
生物とAIの二面から人間について探究する本。「考えるとは何か」に始まり「行為」「権利」「友達」などの人間の日常活動を解きほぐす。前半の生物パートは人間と生物の連続性の話題。無制約連合学習の有無が意識のマーカーになるというギンズバーグらの説が適用されており、暫し唸る(もうこれは通説なの?)。エンマコガネのスニーキング(小さいオスが勝負を避け裏道からメスを奪い取る作戦)は初見だが切ない。後半は現在AI倫理分野で盛んに議論されている話題。科研費を使った「態度適合理論」研究については妥当性と意義が全く理解できず。2026/04/29
zhiyang
0
第一部を読むと意識や思考や価値判断を俎上に上げても、客観的な記述をできる時点で生物は機械っぽいなと感じてしまう。逆に言えばChatGPTはブラックボックスだからこそ生き物っぽく感じるのかもしれない(そして慣れると所詮統計的処理する機械だなと感じるようになる)。ちょっと難しいところもあるけれど、人間が動物と機械の間で揺れる時代だと思うので、興味深く読めた。2026/05/09




