出版社内容情報
<主体性の批判、あるいは脱構築>に向けて編まれた複数の著者による論考群。「戦後50年」の日本の現在と本テクストを架橋する港道隆氏の解説を付す。
内容説明
提起;客体なき究極の主体;市民主体;誰?;フロイト的主体、政治的なるものから倫理的なるものへ;良心の声と存在の召命;哲学的概念;「正しく食べなくてはならない」あるいは主体の計算;「主体の批判」と「主体の批判」の批判について;主体の後に誰が来るのか?〔ほか〕
目次
96.3.29
感想・レビュー
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17
みんなハイデガーのデカルト解釈を参照しててわろた。そんななかバリバールだけは、常識的に考えてもハイデガーのデカルト解釈はまちがってるよねと冷静に指摘。フランス語のsujetのように、主体という語には臣民の意味もあるのだから、その系を見ると主体の問題を転換的に前面化したのはカントであると。その上で、主体(臣民)のあとには市民がくるんだよと模範的な回答を(?)。あとは、ミケル・ボルグ=ジャコブセンの名は初耳だったけれど、フロイトの『トーテムとタブー』におもしろい解釈をしていたのが眼を引いた。2017/09/21
井蛙
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読む前からなんとなく想像していたけど、書名の問いに対して寄稿した論者たちが、不誠実であるか、あるいはあまりに誠実すぎるんじゃないかという印象を受けた。 しかしヴァンサン・デコンブの自律的主体と倫理的行為主体の差異、リオタールの主体以前を探る『第三批判』読解など、興味深い議論も多かった。2017/07/09