失われた記憶を求めて―狂気の時代を考える

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失われた記憶を求めて―狂気の時代を考える

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  • サイズ B6判/ページ数 275p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784773804126
  • NDC分類 221.07
  • Cコード C0036

内容説明

軍事独裁と、それに抵抗する民主化運動―韓国社会を覆ったさまざまな形の暴力の生々しい記憶は、どこへ消え去ったのか。「釜山アメリカ文化院放火事件」(一九八二年)の「首謀者」として逮捕、投獄された著者が、運動と暴力をめぐる「記憶」と「忘却」の問題を提起して、韓国で大きな論争を巻きおこした問題作。「私たち」が負った傷あとを語る痛切な響きは、読むものの心を深くつき動かす。光州、一九八〇年五月。まだ癒えぬ傷痕の中から生まれた「暴力論」。

目次

はじめに 時間の記憶、異なる「視線」を求めて
第1章 失われた記憶を求めて―狂気の時代を考える
第2章 「光州」二十年後―歴史の記憶と人間の記憶
第3章 傷痕が語りはじめた―補償と治癒の差異について
第4章 誰もすまないとは言わなかった―死と犠牲に対する礼儀
第5章 すべては終わった、だが愛していた

著者等紹介

文富軾[ムンブシク]
1959年、韓国釜山生まれ。1978年、釜山の高麗神学大学校(現・高神大)に入学。1981年に光州抗争の真相を知り、1982年3月、釜山アメリカ文化院に放火。4月に自首し、死刑判決を受けるが、「恩赦」により無期懲役に減刑。6年半の監獄生活を送る。1997年に季刊誌『当代批判』を創刊し、以後、同雑誌の編集に携わる

板垣竜太[イタガキリュウタ]
1972年、佐渡生まれ。東京大学で文化人類学を専攻し、朝鮮の近代社会史を研究する。1999年から2001年までソウル大に留学しつつ、韓国の農村で現地調査。2002年より、『当代批評』の海外客員編集委員。2003年に東京大学韓国朝鮮文化研究室助手。2004年より同志社大学社会学科専任講師
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感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

まつゆう

1
Fファノンが抉り出した魂の白人化/植民地化の問題や、記憶の政治の問題などが光州事件とリンクされながら、現代韓国の歪みが素描されていく一冊。徹底した自己省察から果たして何を学ぶことができるだろう。悲惨な隣国という憐れみだろうか。それとも今の日本、そしてそこに住む自分へとも懐疑の眼を向けることだろうか…。2014/01/02

sasha

0
暴力に暴力で対抗しても、悲劇しか生まれない。2009/11/05

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