内容説明
なぜ、倫理は義務となったのか?カント以来の現代倫理に導入された、負債と徳性に基づく「義務」の無限性。キリスト教における任務=聖務、典礼への考察を通じて、当為と命令から構成される存在の統治を明らかにする、ジョルジョ・アガンベン「ホモ・サケル」シリーズの1冊。
目次
1 典礼と政治
2 秘儀から効果へ
3 任務の系譜学
4 ふたつの存在論、あるいは、いかに義務は倫理になったのか
著者等紹介
アガンベン,ジョルジョ[アガンベン,ジョルジョ] [Agamben,Giorgio]
1942年生まれ。哲学者。マチェラータ大学、ヴェローナ大学、ヴェネツィア建築大学で教えた後、現在、ズヴィッツェラ・イタリアーナ大学メンドリジオ建築アカデミーで教鞭をとる
杉山博昭[スギヤマヒロアキ]
1975年生まれ。京都大学大学院博士課程修了(人間・環境学)。京都教育大学、国際基督教大学にて非常勤講師、早稲田大学高等研究所にて助教を務めたのち、現在は摂南大学外国語学部にて講師に就く。専門は表象文化論、西洋美術史。著書に表象文化論学会賞奨励賞『ルネサンスの聖史劇』(中央公論新社)がある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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ikeikeikea
1
難しい!序盤からラテン語とキリスト教の典礼について詳しくないとついていけないのではないか。何とか最後まで読んだが内容を要約しろと言われたら無理と答える。2019/09/19
MM
0
キリスト教に馴染みがなかったもので、冒頭の2章は理解が難しく、読み進めるのにかなり時間がかかった。だが第3章以降面白くなる。特に後半のカント倫理学の読解は秀逸。2020/10/03
トリスタン
0
「任務の存在論」という副題をつけられたこの書物は、なかなかに手強い。わたしたちにとってキリスト教の秘儀や典礼の概念が縁遠いからでもある。ただしこの書物は「ホモ・サケル」プロジェクトの一環として構想されているのであり、このプロジェクトの観点から読み取る必要がある。それは任務の背後にある義務という概念を通じて権力が私たちを支配する道筋を作り出しているからである。ショーペンハウアーは、カントの定言命法の背後に立っているのが、神学の理念であることを明らかにしたのだった。2020/05/20