アフリカのろう者と手話の歴史 - A・J・フォスターの「王国」を訪ねて

  • ただいまウェブストアではご注文を受け付けておりません。
  • サイズ A5判/ページ数 254p/高さ 22cm
  • 商品コード 9784750324708
  • NDC分類 378.2
  • Cコード C0036

出版社内容情報

アフリカのろう者と手話言語の概要を紹介しつつ、アンドリュー・フォスターという、一人の黒人ろう者と、彼が設立しアフリカの広い範囲でろう教育事業を営んだキリスト教団体に注目しながら、ろう者コミュニティの動態史を描く。

はじめに
 用語と表記について
第1章 アフリカのろう者と手話言語
 1 ろう者たちのアフリカ
 2 アフリカの手話言語
 3 アフリカにもたらされた外来手話言語
 4 アメリカ手話をめぐる三つの謎
 5 ろう者コミュニティのフィールドワークへ
第2章 アフリカろう教育の父フォスター
 1 ろう者のヒーロー、アンドリュー・フォスター
 2 アンドリュー・フォスターの生涯
 3 ベルタ・フォスターの半生
 4 フォスターの人物像をめぐって
第3章 ろう者のミッションの半世紀
 1 世界最大級のろう教育事業
 2 CMDの三つの時代区分
 3 フォスターのトータル・コミュニケーション
 4 ろう者たちの教員研修
 5 ろう者の都イバダン
第4章 フォスターの遺産
 1 フォスターの急死と事業の転換
 2 弟子たちのその後
 3 フランコ・アフリカ手話の誕生
 4 ろう者たちのキリスト教会
 5 フォスター伝説――手話に刻まれた歴史
第5章 ろう者の大事業から学べること
 1 なぜCMDは成功したのか
 2 ろう者観の転換へ――文化人類学のために
 3 手話言語集団の効果――ろう教育のために
 4 エンパワーメントと言語的自由――開発政策のために
 5 はてしない言語抗争の末に――歴史法則の解明に向けて
 6 結語
[コラム]ろう者コミュニティデータファイル
 (1)ガーナ共和国
 (2)ナイジェリア連邦共和国
 (3)ベナン共和国
 (4)カメルーン共和国
 (5)ガボン共和国
本文注
おわりに――「アフリカろう者の王国史」を書く
巻末資料
 第七回世界ろう者会議講演「ろうの社会的側面――学齢期」
  (アンドリュー・J・フォスター/亀井伸孝訳)
 フォスターの教育思想を読み解く――フォスター講演解説
 アフリカろう者の言語・文化・歴史を学ぶ小事典
 関連年表
 CMDが設立したろう学校/ろう者キリスト教センター一覧
文献一覧
索引

はじめに
 本書は、アフリカのろう者と手話言語を主題とした、日本で初めての書物である。また、世界でもほとんど試みられたことがない、アフリカのろう者コミュニティとその動態を描いた文化人類学的な書物――民族誌(エスノグラフィー)――でもある。

 「アフリカのろう学校では、ろう者の教員が手話で教えている」
 「アフリカには、ろう者が設立したろう学校が多い」
 「アフリカを植民地支配したことがないアメリカの手話が広まっている」
 研究者としてアフリカに通い始めてから少しずつ明らかになってきた事実に、私は驚いた。一般的に、ろう者の現代史とは手話が抑圧を受けてきた歴史であるとされている。アメリカ、日本、イギリス、フランス、世界中のろう学校で手話は否定され、ろう者の教員は排除され、ろう者になじまない音声言語が強いられる口話法教育の暗い時代が続いた、というふうに。ところが、アフリカにはこれら先進国の歴史とは異なる「もう一つのろう者の歴史」があったらしい。その実態はどうなっているのか。そして、それはなぜなのか。私は現地調査を続ける中で、ろう者たちが自ら運営するあるキリスト教団体の存在に出会った。
 本書は、前半でアフリカのろう者と手話言語の概要を紹介する。そして後半では、とりわけアンドリュー・J・フォスターという一人の黒人ろう者と、彼が設立しアフリカの広い範囲でろう教育事業を営んだキリスト教団体に注目しながら、ろう者コミュニティの動態史を描いていくことにする。なぜその団体に注目する必要があるのか、私は三つの使命を念頭に置いてこの本を書いた。
 一つ目は、アフリカで起こったできごとを記録することである。この団体の事業は、ろう学校を設立したことにとどまらず、手話言語が大陸中に伝播し、各地に人材が育ち、ろう者のコミュニティが形成され、独自の文化を生み出すにいたった、広域的な言語・社会現象を伴っていた。アフリカ全域を舞台としてくり広げられたこれら一連のできごとを記録することで、アフリカろう者の民族誌の一部とすることを考えた。
 二つ目は、アフリカとろう者のイメージを転換することである。「アフリカのろう者について語る」というと、「低開発アフリカの、耳の聞こえない障害者」、つまり二重の不利益をこうむる人びとだという否定的で非力なイメージをもつ人もいるかもしれない。はたしてそうだったのか。黒人ろう者たちの自律的でダイナミックな歴史を描き、もっと肯定的な理解への道を開きたいと思った。
 三つ目は、歴史から教訓を得ることである。アフリカにおけるろう者たちの大事業は、先進国が達成できなかったことをいくつもなしとげた。その成功の秘訣は何だったのか。そして、なぜ先進国では同じことができなかったのか。今日の私たちが、アフリカのろう者たちの事業から学べることは何なのかを考えてみたい。

 ろう者たちが、かつて世界最大級のろう教育事業をアフリカで展開していた。その事実を記録し、世界史の中にとどめるのが私の仕事である。そのことが、今日のさまざまな問題を考える際のヒントにもなればと願っている。