出版社内容情報
カナダのアイデンティティは米国と異なる存在として生存することであり、一方のアメリカは国民の9割がカナダに好感度を持つ。本書は両国の「非対称性」をキーワードに象徴される外交関係を、1948年から現在までトップリーダーの行動に焦点を当て分析する。
略語一覧
第1章 世界で最も親密な隣国関係?
第2章 平静なスタート――サンローランとトルーマン、アイゼンハワー
第3章 影のある協調、亀裂と挫折――ディーフとアイク、ケネディ
第4章 修復、亀裂、そして相違の承認――ピアソンとケネディ、ジョンソンとの関係
第5章 「第三の選択」の過程と結果――トルドーと5人の大統領
第6章 最初の“アメリカ人”カナダ首相?――マルルーニーと2人の大統領
第7章 ビジネスライクな関係の復活?――クレティエンとクリントン、ブッシュ
第8章 成熟した関係を目指して?――マーティンとブッシュ
第9章 ハーパーとブッシュの今後、そして加米首脳会談の評価
あとがき
第1章(「はじめに」より抜粋)
「非対称性」、恐らくこれが加米関係を表現するときに最も的確な語彙であろう。実際、本書がカバーする時代においては、加米間の人口比及びGDP比にして、およそ1対10の格差の持つ意義が所々に出現する。
地理的面積ではアメリカを凌ぐものの、それ以外の全ての面でアメリカ合衆国の後塵を拝する位置にあるカナダ。アメリカとの国境沿い100キロメートルの地帯に人口の8割が居住し、英語を連邦レベルの公用語の一つとしている事もあり、アメリカからの多種多様な影響を受容せざるを得ないカナダ。カナダという国家そのもののアイデンティティは、アメリカ合衆国と異なる存在として生存する事――往々にしてそれが反米主義の纏(まとい)を身につけても――であった。国内に仏語系カナダ人による分離独立運動の火種を抱えつつ、アメリカとは一線を画する国家発展を遂げようと試みてきたカナダ。
片や、戦後一貫して、超大国として国際システム内で行動してきたアメリカ。そのアメリカが、相次ぐ世論調査でほぼ必ず9割程度の好感度をもって、最友好国として捉えてきたのが、カナダであった。つまりアメリカ人にとって、カナダ人は自文化と同種あるいは同一の文化と言語を持つ、最も親しみを感じる国民であった。それ故にこそ、アメリカのトップリーダーによるカナダへの態度は、カナダを「単なる自国の延長」として処遇しがちで、そのような態度がまさに、カナダ側の苛立ちを生成する。アメリカの一挙手一投足に、否応なく左右されかねないカナダ。
5人のアメリカ大統領在任時に16年近くにわたり、カナダ首相を務めたピエール・トルドー(Pierre Trudeau)は、カナダの外交政策の8割は米国要因を勘案しなくては作成出来ないとの発言を残している。そのようなカナダと異なり、カナダからの影響力全てを必ずしも受容しなくてすむ超大国アメリカ。
やはり、ここでも、関心の非対称性がポイントとなる。例えば、93年~96年まで駐加アメリカ大使を務めたジェームズ・ブランチャード(James Blanchard)は、大使当時の回顧録をものした数少ない親加アメリカ人であるが、大使を退官し、本国に帰国してからの心的状況変化を以下のように描写している。「……カナダを離れてすぐに、ジャネットと私(ブランチャード夫妻)は、カナダが即座に、そしてほぼ完全に(我々の世界から)消失した事実に驚いた。殆ど3年間にわたるカナダでの食事、睡眠、そして生活の後に、しばらくの間私達の生活全部であった魅力的な世界から、私達は、いきなり切り離されてしまったのである。妻は、『まるで何も起こらなかったようね』と言ったが、私は、『素晴らしい夢をみていたみたいだ』と応じた」
同じく、カナダの駐米大使であったジェイク・ウォーレン(Jake Warren)は、両国の関心面での非対称性をカナダからアメリカへの一方通行として、「アメリカ人が朝起きた時には、東の欧州か西のアジアに目を向け、たまには南(の中南米)を見る事もあるだろう。けれど、決してきちんと北(のカナダ)に目を向けたりしない。その一方で、カナダ人が朝起きた時には、東を見たり西を見たりするかも知れないが、ああ、必ずや片目は自国の南側(米国)で何が起こっているかを見据えているものだ」と表現した。
最もこの「非対称性」は、必ずしも米国に恩恵のみをもたらしてきた訳でもないし、米国側による対加交渉の一方的勝利のみを意味するものでもない。外交的には、カナダがそのような関心の非対称性を利用して、自国に有利な形で、二国間、あるいは多国間紛争を収拾してきた点も実証されてきた。アメリカ大統領にとって、対カナダ政策で失敗する事は、「致命的な外交下手」の風評をも揶揄(やゆ)されかねない失政となろう。最友好国で、文化的にも恐らく最も近しい国家であるカナダとの関係すら満足に管理できない合衆国リーダーには、大統領失格の烙印すら押されかねないからだ。
本書のカバーする時期においては、深刻な武力紛争が皆無であったという意味では、北緯49度国境線を挟んだ北の隣国とアメリカとの関係は、概して友好的であった。しかし、場合によっては、上に記したピアソン=ジョンソン間の1エピソードに代表されるように、戦後の日米関係以上の深刻な衝突、対立、摩擦を経てきたのが、戦後の加米相互作用の一側面であった事実も疑いがない。
本書では48年~現在にかけての加米関係概要を、加米の首脳会談に焦点を当てて、解明しようとする。ただし、本書は既存の加米関係あるいは日米関係の先行研究に見られる首脳会談後の主要記者会見内容を、時系列に総括する事を目的とする訳ではない。むしろ、加米首脳会談における主要争点、ドラマやエピソードの類を吟味する事で、トップリーダー間に表出した二国間関係の1つの様態を鋭くえぐり出したい。また、加米間の圧倒的な「非対称性」を勘案すると、本書でのアネクドートはカナダサイドからの視点から語られがちにならざるを得ない。アメリカ側からの史・資料をも出来る限り参照しつつも、歴代カナダ首相の交代を軸として、首相と大統領の関係や会談を以下に時系列に記述する事にしよう。そして、最後の章では、これまでのカナダの指導者がどのようにその対米関係を処理していったのかを評価してみよう。
目次
第1章 世界で最も親密な隣国関係?
第2章 平静なスタート―サンローランとトルーマン、アイゼンハワー
第3章 影のある協調、亀裂と挫折―ディーフとアイク、ケネディ
第4章 修復、亀裂、そして相違の承認―ピアソンとケネディ、ジョンソンとの関係
第5章 「第三の選択」の過程と結果―トルドーと5人の大統領
第6章 最初の“アメリカ人”カナダ首相?―マルルーニと2人の大統領
第7章 ビジネスライクな関係の復活?―クレティエンとクリントン、ブッシュ
第8章 成熟した関係を目指して?―マーティンとブッシュ
第9章 ハーパーとブッシュの今後、そして加米首脳会談の評価
著者等紹介
櫻田大造[サクラダダイゾウ]
1961年長野県に生まれる。シアトル大学教養学部政治学科及び上智大学外国語学部英語学科卒。トロント大学大学院政治学科修士課程修了(MA)。博士(国際公共政策、大阪大学)。信州短期大学専任講師、徳島大学総合科学部助教授、ビクトリア大学ウェリントン校ニュージーランド戦略研究センター研究員、トロント大学政治学部客員教授等を経て、関西学院大学法学部教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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