明石ライブラリー
障害と文化―非欧米世界からの障害観の問いなおし

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  • サイズ B6判/ページ数 555p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784750322728
  • NDC分類 369.27
  • Cコード C0336

目次

序(障害と文化―展望)
第1部 障害、コスモロジー、人であること(人であるものと人でないもの―中央ボルネオのプナン・バの人々における障害と人であること;子どもは子どもである―ケニアのマーサイにとっての障害と平等 ほか)
第2部 障害の社会的背景(出会い―アメリカにおけるボディ・サイレント;晴眼の恋人と盲の夫―ウガンダにおける盲女性の経験 ほか)
エピローグ(言説と経験の間にある障害)

著者等紹介

イングスタッド,ベネディクト[イングスタッド,ベネディクト][Ingstad,Benedicte]
オスロ大学一般診療・社会医学学科医療人類学教授。グリーンランド、ノルウェー、ボツワナ、ガンビアでフィールドワークを行う。ジンバブエ、タンザニア、ガーナ、ニカラグアでリハビリテーションに関する顧問を務める

ホワイト,スーザン・レイノルズ[ホワイト,スーザンレイノルズ][Whyte,Susan Reynolds]
コペンハーゲン大学人類学科人類学教授。ウガンダ、ケニア、タンザニアでフィールドワークを行う

中村満紀男[ナカムラマキオ]
筑波大学大学院人間総合科学研究科教授。教育学博士

山口惠里子[ヤマグチエリコ]
筑波大学大学院人文社会科学研究科助教授。博士(文学)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

出版社内容情報

障害を文化的文脈において考察した画期的な書。世界各国の文化的に多様な背景をもつ人々が、障害をどのように理解し、対応しているかを、地道なフィールドワークをもとに検討、障害に関連する概念や実践が歴史的にどう変化してきたかも考察する。

はしがき

 第1章 障害と文化 ―― 展望 (スーザン・レイノルズ・ホワイト/ベネディクト・イングスタッド)
第1部 障害、コスモロジー、人であること
 イントロダクション(ベネディクト・イングスタッド/スーザン・レイノルズ・ホワイト)
 第2章 人であるものと人でないもの(アイダ・ニコライセン)
  ―― 中央ボルネオのプナン・バの人々における障害と人であること
 第3章 子どもは子どもである(オウド・ターレ)
  ―― ケニアのマーサイにとっての障害と平等
 第4章 治療不可能な病いとしての障害(バーナード・ヘランダー)
  ―― 南部ソマリアにおける健康、プロセス、人であること
 第5章 なぜ、障害をもったのか?(パトリック・デヴリーガー)
  ―― アフリカのある社会における身体障害に対する理解
 第6章 病んでいることと私であること(ジュディス・モンクス/ロナルド・フランケンバーグ)
  ―― 多発性硬化症の語りにおける自己・身体・時間
第2部 障害の社会的背景
 イントロダクション(ベネディクト・イングスタッド/スーザン・レイノルズ・ホワイト)
 第7章 出会い(ロバート・マーフィー)
   ―― アメリカにおけるボディ・サイレント
 第8章 晴眼の恋人と盲の夫(ナインダ・セントゥンブウェ)
  ―― ウガンダにおける盲女性の経験
 第9章 リハビリテーションに関する公的言説(ベネディクト・イングスタッド)
  ―― ノルウェーからボツワナへ
 第10章 英雄か、乞食か、スポーツ・スターか(フランク・ジャール・ブルーン)
  ―― ニカラグアにおける障害者のアイデンティティをめぐる交渉
 第11章 障害と移民(リズベス・サックス)
   ―― ある事例のストーリー
 第12章 てんかんの構築( スーザン・レイノルズ・ホワイト)
  ―― 東アフリカにおけるイメージと文脈
 第13章 Mpho ya Modimo 神からの贈り物(ベネディクト・イングスタッド)
  ―― 障害者に対する「態度」への視角
エピローグ
 第14章 言説と経験の間にある障害(スーザン・レイノルズ・ホワイト)
訳者あとがき
文  献
索  引

はしがき
 身体における精神・感覚・運動の損傷は、どこにでも存在している。治癒できない生物学的な欠陥をもって生活しなければならない人々は至る所にいるが、その欠陥は、人々が一定の機能を果たす能力をある程度妨げている。しかし、損傷がもつ意味は、その生物学的本質よりもっと大きな問題に常に左右されるのであり、障害のある人々の境遇によってその意味は形成されるのである。本書は、障害を文化的文脈において考察する。私たちは、非常に多様な背景をもつ人々が損傷をどのように理解し、対応しているのかを検討した。私たちは、人々がどのように生活を展開したり、自分たちにとって最も重要な価値を追求することに対して、損傷がどのように影響しているのか、また、人々が牛を増やしたり、子どもをもったり、自己開発したりすることにどのような意味を見出しているのかを明らかにしたいのである。そしてまた、障害に関連する概念や実践が歴史的にどのように変化してきたのかについても、検討したい。
 本書の執筆者は、地域でフィールド研究を集中的に行ってきた人々であり、その地域について書いている。自分の生活の中で損傷の経験をしている執筆者もいる。リハビリテーション・プログラムに従事したり、障害に焦点を当てた研究計画に着手してきた執筆者もいる。保健、アイデンティティ、人であること、文化的構築の過程に対する興味によって、障害の問題に関わるようになった執筆者もいる。全体として、私たちは、実践と経験と理論が混じり合った関心をもって共通の研究を行った。
 この共同研究は一九八三年にまで遡る。編者の一人であるスーザンは、タンザニアで世界保健機関(WHO)とデンマーク国際開発庁に対するコンサルタント事業をちょうど終えたばかりであった。その事業には、精神障害に関係する態度と実践の研究が含まれていた。もう一人の編者であるベネディクトは、ボツワナに出発する途中で、この事業について討議するためにコペンハーゲンに滞在していた。ベネディクトはボツワナでは、文化的観点に基づく障害に関する研究と、特にWHOの地域社会中心のリハビリテーション(CBR)・プログラムに関する研究を、二年間にわたり着手することになっていた。私たち二人は初対面ではあったが、開発途上国における障害者関連の文献の乏しさを嘆いた。学問的研究の大半はヨーロッパと北米を扱ったものであった。
 ベネディクトは、最初はボツワナにいる間に、そして後には何回か、アイナー・ヘランダー(Einar Helander)博士と会う機会があった。博士は当時、ジュネーブのWHOリハビリテーション局の責任者であり、WHOのCBRの「父」であった。ベネディクトはCBRプログラムの実施と評価において、文化的分析と文化の意識が欠けていることを博士に指摘した。ヘランダー博士は雅量をもって、この問題提起を取り上げて、さまざまな文化的背景にいる障害者に対する信念と態度について研究のネットワークを設けるために、WHOによる経済的助力を申し出てくださった。
 このことは、自分の主題として「障害と文化」を選択するようにオスロ大学人類学の大学院生を励ましたり、また、すでに自分の意思で「障害と文化」の研究に着手していた一人の大学院生が参加したり、フィールド研究を開始しようとしていた同僚に対して、自分の研究にこの主題を含めるように勧めることによって、行われることになった。この研究のネットワークは、九か国のプロジェクトを含むまでになった。一九九〇年には、私たちはノルウェー外務省の後援を得て、オスロ大学で研究集会を開催した。そこでは、ジンバブエ、マリ、ケニア、スウェーデン、そしてジュネーブのWHOの研究者を招いて、彼らの論文とともに、これらのプロジェクトが発表された。この研究集会の会議録は報告書として公刊され、その中の四つの論文はさらに手を入れて、本書に収録されている(第3、4、8、10章)。
 それ以外の章は、関連する材料をもっていたり、この分野ですでに研究している方々に執筆をお願いした。私たちは、ロバート・マーフィー(Robert Murphy)に書簡をしたためた。彼は、私たちの努力に関心をもってくれていて、進行中の仕事が完了したら寄稿したいという希望を示していた。彼が亡くなった後、ヨランダ・マーフィー夫人は彼の著書『ボディ・サイレント』の一章を本書に含めることを快く承諾してくださった。私たちは、彼がこのプロジェクトの一員であったと考えたいのである。
 オスロとコペンハーゲンの私たちの同僚は、本書に結実する研究に対して、私たちを励まし、支えてくれた。スーザンは、草稿を用意するのを手伝ってくださったコペンハーゲン人類学研究所のベンテ・ヤンセンに対して、そして、原稿を見直し完成させる間、客員研究員として温かく受け入れてくださったハーバード大学社会医学部に対して感謝を申し上げる。
 ゲルヤ・フランクには、私たちを支えてくれたこと、そして役立つ助言をしてくれたことに感謝したい。カリフォルニア大学出版局のスタン・ホルウィッツは、私たちの計画を歓迎してくれた。ミシェル・ボニスとリンダ・ベンフィールドは私たちの草稿を、親切に、思慮と思いやりをもって扱ってくれた。
 私たちは、本書が三つのタイプの読者に役立ってほしいと思っている。一つは、社会科学の研究者と学生であり、第二はとくに開発途上国の保健またはリハビリテーション・プログラムの職員である。第三に障害者であり、彼らは本書の中から、自分の境遇について新しい観点を見つけてくれると思う。私たちが期待するのは、本書が議論とさらなる研究を生み出し、障害の文化的次元への理解を高めることである。