出版社内容情報
普段何気なく口にしている言葉に、考え方に偏見は充ちあふれているーー人権ワークショップをとおして、参加者自らが人権問題に気づくために何が必要なのか? 準備・実施のプロセスを、実践例を基にわかりやすく紹介する待望の続編。
はじめに
1「長い廊下の向こうに」
しげじい(長い廊下の向こうに)
山茶花(さざんか)
ドアはどっちに開く
2 ひと味ちがう人権ワークショップ2
1 人権ワークショップ
2 ワークショップが語りかけるもの
3 ワークショップが伝えるもの
4 実践事例
1 ジェンダー討論会
2 シンポジウム
3 人権啓発推進者養成講座
4 プログラム例
おわりに
おわりに
二〇〇二年に『ひと味ちがう人権ワークショップ』を出版して、はや三年がたった。当初は、年一冊のペースで今即必要なワークショップの手法等を発信していこうと計画をしていた。しかし、「長い廊下の向こうに」を書きあげるのに二年かかってしまった。取材をはじめてから作品に仕上げるまで十五年かかった。私にとっては、かなり思い入れの強い短編小説である。ワークショップの章では、一作目は、今すぐに必要な基本的な内容を中心に書いたが、今回は系統的な研修としてまとめた。少しずつ、時々のニーズにあったものにしていこうと計画している。
私は、常に人は幸せをつくりあげていくものだと信じている。差別はいけないことだとみんな知っている。しかし、その思いと裏腹に、知らず知らずのうちに差別する側にまわることがある。
数回おことわりした、人権の冊子からの取材を受けることにした。
順調に取材が終わり、印刷の段階で文言チェックをしている時に、「なんで彼女を」との問いかけに、主催者から返事はなかったので、ということで私のページは、没になったそうだ。キャンセルになったことを、私は宴席で聞いた。
「せっかく取材させてもらったけった。 病室を出る時、
「(来てくれて)ありがとうございました。また明日」
と言うその人に、
「また明日ですね」そう答えた。病室を出て暗くなった病院の階段を歩きながら、涙が流れた。
「ありがとう」
そう何度も繰り返しつぶやいた。それだけ、僕にとって、その人と過ごした時間は大きなものだった。
月日が流れて、僕の回りも大きく変わっていった。新しい事業を立ち上げながら、僕はいつか、その人の病室を胸を張って訪ねたいと思っていた。綺麗な花束を持って。あの日言えなかった一言をつたえたくて、そして、その人の笑顔をもう一度見たくて。でも、その人は旅立ってしまった。あの日交わした
「また明日」
が僕たちにとって最後の言葉になってしまった。
過ぎた時間を元に戻す事は出来ないけど、医療人としてその人に教えて貰った事、たくさんもらった笑顔は、いつまでも僕の中にあり続けると思う。直接伝える事は出来なかったけど、
「ありがとうございました」
そう、いつまでも忘れず思い続けていきたい。そう思う。
「ピュアスタンド情報局 集まれ!医療人」より
読み進んでいくうちに、涙が溢れて止まらなく 「やさしい歌をうたいたい」
「おわりに」にかえて
目次
1 「長い廊下の向こうに」(しげじい(長い廊下の向こうに)
山茶花
ドアはどっちに開く)
2 ひと味ちがう人権ワークショップ2(人権ワークショップ;ワークショップが語りかけるもの;ワークショップが伝えるもの;実践事例 ほか)
著者等紹介
山中千枝子[ヤマナカチエコ]
公立中学校勤務から、1995年、(財)高知県人権啓発センターへ異動。研修班長を経て次長として勤務。2000年から教育事務所、社会教育主事として人権教育を担当。2002年4月より越知町立野老山小学校に校長として赴任し、6月におとなと子どもが同居する学校「野老山発おとなの学校」を設立した。2004年、同校休校後、生涯学習発信基地として「おとなの学校」は継続している。現在、越知町立越知小学校長と越知幼稚園長として、子どもたちや教職員、保護者、地域の人たちと、幼稚園と学校を楽しんでいる。1997年、人権教育・啓発に関する研修やイベント等の企画や運営について考える「高知ワークショップをつくる会」を設立(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。