内容説明
父桓武天皇の政治を引き継ぐ一方、大規模官制改革、側近官体制の整備、地方行政の掌握など、矢継ぎ早に新政策を展開した。譲位後も太上天皇として尽力したが、薬子の変によって晩年は隠棲を強いられた。在位わずか3年だったが、その業績は後の王朝貴族社会を基礎付けるもので、生まれながらの天皇として一身に国家を担った悲劇の生涯を追う。
目次
第1 生まれながらの天皇(新天皇家のスタート;皇太子を取り巻くスタッフ;皇太子の日々)
第2 桓武天皇の皇子たち―皇位継承の展望(即位の前後;皇位継承のあり方;平城天皇の天皇家構想)
第3 平城天皇の治世(観察使の設置―地方支配のあり方;諸司の改編―天皇周辺の構造改革;諸司の改編―中央政府の大規模構造改革)
第4 薬子の変(譲位;静寂の日々)
著者等紹介
春名宏昭[ハルナヒロアキ]
1960年生まれ。1992年東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。現在、法政大学非常勤講師。博士(文学)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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:*:♪・゜’☆…((φ(‘ー’*)
2
桓武天皇と嵯峨天皇の狭間のわずか数年のうちに、のちの時代の…といっても90年ほどのちの宇多天皇時代の基礎となるような方針を次々と実施していた平城天皇。平城旧跡の北のはしに、昔の古墳を利用したお墓があり、しかも平城旧跡をつくるために一部が削りとられた墓。そこが平城天皇の墓なのだが、なにかよからぬことをしてこのような目にあったのかと思ったら、どうやら当時は墓を使いまわしたり加工したりするのはタブーではなかっただけらしい。2019/03/21
山中鉄平
1
平城天皇は一般的に、薬子の変という事件に関連し退位させられた在位年数の短い目立たなくかつダークなイメージを持つ天皇らしいのだが、実はデキル男で、官僚機構改革や政治改革など有用な政策を実行して後の時代に良い意味ででの影響を残した天皇らしい。薬子の変の実態は息子のクーデターで平城天皇に非はなく、さらに後の政権により多くの政策が頓挫させられたうえ、悪いイメージをおっ被させられたという。平安時代において平城天皇は重要人物だったという。そーだったのかあ。2025/03/25
ACE
0
本書にもある通り桓武と嵯峨の間に挟まれて目立たない存在だが、そんな平城の生涯が詳しくまとめられていると思う。数年間の治世でも地方行政や官制改革などをはじめとした政策をちゃんと推進していたんだなーと、色々勉強になった。薬子の変をはじめとした通説に著者自身の推論もまた興味深く、読み応えある1冊2013/09/14
源義
0
藤原仲成・薬子、藤原真夏ら側近の「政治」を語るのではなく、平城天皇自身の皇統意識と官制改革を真正面から考察。皇統は簡単に?投げ出してしまった感があるので、どこまで本気で意識をしていたか微妙なところ。官制改革は次の嵯峨朝で元に戻すということがなかったことからも概ね後世に評価されていたのではと見る。薬子の変は平城上皇の変ですらなく、嵯峨のクーデターと捉え、嵯峨によって作られた『日本後紀』で平城はとことん悪者にされたすぎないとする。改革派の平城と保守派の嵯峨の対立に貴族達が何方に味方したのかという問題らしい。2024/10/12