出版社内容情報
本書は長年日本におけるフィリピン近代史研究を牽引してきた著者が、1970年から2001年にかけて学会誌や大学紀要、共著書などで発表してきた論考のなかから、フィリピン革命に関する論考9編を選び、編集したものである。
フィリピン革命は、19世紀の末スペインの植民地支配下で、アジアで初めての「共和国」を生んだ独立革命であった。その原動力となったのはパションに象徴される民衆カトリシズムであり、兄弟会に参集した民衆の救済への希求が抵抗運動を支えた。その一方で、リサールやデル・ピラールに代表される知識人による改革運動、プロパガンダ運動が民族思想を醸成した。この二つの潮流が、革命運動へと結実するのであるが、
革命は当初ボニファシオの指導する秘密結社カティプーナンの蜂起として開始された。カティプーナンの運動の核心にあったのはパションであり、その思想・組織・運動形態を検討して「受難としての革命」の実像を明示する。しかし、この蜂起ののち革命運動のリーダーシップは、アギナルドに代表されるプリンシパリーアと呼ばれる有産階級に移った。
その過程が詳細に検討されるが、一時は「フィリピン共和国」の成立を宣言して、南部のタガログ6州で民族独立を果たしたかにみえた革命政府も結局は、自由主義政策に転じたスペイン政府と和平協定を結び、改革運動へと後退した。国民国家創出への道半ばで、新たにアメリカの支配下におかれることになった1896年の革命が「未完の革命」と呼ばれるゆえんである。
本書の構成を示すと、まず、第1章・第2章で、19世紀半ばのマニラ開港によって世界市場と結びついた経済構造の変化、およびスペイン植民地支配下の現地社会の実情を解明して、革命の背景を考察する。第3章・第4章で、革命へと導く上記二つの潮流を提示。第5章で、リーダーシップに着目して革命の具体的な推移を詳述する。第6章で、リサールの作品を通じて革命に託された国民国家のイメージを描き、第7章で、連邦制という国家形態の模索にも言及する。さらに第8章・第9章で、日本の「革命支援」の実態、ならびに革命報道にみる日本人の革命への関心を紹介する。
9つの章は、本来個別の論考ではあるが、一貫した問題関心に導かれて、フィリピン革命の実像に迫る本書は、フィリピン革命史研究の基本文献である。国民国家への疑念が欧米史研究者によって語られる時代に、いまだ国民国家形成の途上にあるフィリピンで展開された最初の国民国家創出の試みを解明する意義は、国民国家のあり方を考えるうえでも大きいであろう。
目次
第1章 マニラ開港と商品経済の進展
第2章 スペイン体制下の現地人官僚制度
第3章 民衆カトリシズムの抵抗
第4章 民族思想の創出とプロパガンダ運動
第5章 フィリピン革命の展開
第6章 フィリピン国民国家の原風景
第7章 単一国家と連邦制
第8章 フィリピン革命と日本の関与
第9章 明治期日本のフィリピンへの関心
著者等紹介
池端雪浦[イケハタセツホ]
1939年ソウルに生まれ。1963年東京大学文学部卒業、66年東京大学人文科学研究科東洋史学専攻修士課程修了、東京大学東洋文化研究所助手、愛知大学文学部助教授を経て、81年より東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助教授・教授、その間、同研究所長、同大学長を歴任。現在、東京外国語大学名誉教授、文学博士(東京大学)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。