内容説明
東宝の名プロデューサーとして黒澤明に「本木がいなきゃ俺の映画はできない」といわしめた人物は、なぜ黒澤と袂を分かち、人知れずピンク映画の世界で生きたのか―。日本映画史のミッシングリンクに挑む、著者渾身のライフワーク。
目次
試写室
通夜
青春
焼け跡
闇市
グランプリ
復興
侍
問題作
悲劇
肉体
復活
天と地と
著者等紹介
鈴木義昭[スズキヨシアキ]
1957年東京都生まれ。ルポライター・映画史研究家。竹中労、映画評論家の斎藤正治、白井佳夫らに師事(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
1 ~ 1件/全1件
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
keroppi
32
「世界のクロサワ」を作ったプロデューサーは、東宝を追われ、ピンク映画の監督となり、一人で死んでいく。映画界の光と影を生き抜いた壮絶な人生。彼無くしては「クロサワ」も生まれなかったのかもしれない。これまで語られることのなかった本木荘二郎の映画人生が、心をつかむ。「クロサワ」映画を見る目が変わるかも。2017/03/02
gtn
13
「七人の侍」を生み出したのも快楽のため。失敗に終わったが株に投資したのも快楽のため。女性にのめり込んだのも快楽のため。死の間際までピンク映画を撮り続けたのも快楽のため。本木荘二郎は究極の刹那主義者だった。失意の人生だったかもしれないが、こんな生き方に惹かれる者が確実にいる。2019/07/18
garth
11
面白かった。著者の見立てにはちょっと異を唱えたくところもあるけれどーー結局、本木荘二郎は二度と黒沢映画をプロデュースしなかったわけであるからーー大筋としては説得されてしまった。鬼子たるピンク映画の歴史を日本映画の本流に位置づけしなおそうとする名著。2016/09/07
太田康裕
6
黒澤明絶頂期を支えたプロデューサーはなぜ消え、忘れられたのか。同志だった黒澤と本木はなぜ2度と顔を会わせなかったのか。著者の筆致はやや感傷的過ぎるけれど、元の原稿が雑誌に載ったときに黒澤組スタッフから届いた手紙が指し示す2人の関係に涙した。日本映画史としても重要な指摘に富んだ本だった。2016/09/25
michi44
5
黒澤明の才能を早くから見抜き、他監督では多くの低予算作品をプロデュースする中、黒澤作品では会社との間に立ち多額の予算を引き出す等初期の黒澤黄金期を支えた陰の立役者。自らの金銭問題で突然姿を消し、後ピンク映画監督として200本以上の作品を取り続ける。結局映画の世界でしか生きられず最後は一人で死んでいった本木荘二郎の人生は他人から見れば哀れに映るが、本書を読むと満更でもなかったように思う。2016/10/16