内容説明
8月6日、原爆で未来を断たれた広島二中一年生の哀しみの記録。
目次
その日の朝
河本くんの日記から
本川土手の集合
爆発の瞬間
川の中で
脱出から再会へ
郊外へ
その夜
お寺の救護所で
寄宿舎から平良村へ
寝られぬ両親
あくる朝
非難する途中で
ゆくえのわからない生徒たち
そして全滅した
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
280
その日(1945年8月6日)、広島二中の1年生全員と4人の引率教員が、空爆にそなえて市内の各所に空き地を作るべく動員され、本川(太田川本流)端の土手に集合していた。午前8時過ぎ、彼らはエノラ・ゲイ(他に僚機が2機)及び、原爆が投下された瞬間を目撃したはずである。爆心地からわずかに500mの距離であった。約1/3が即死。そして半数は遺体も死亡の状況も分からないままだ。本書は広島二中1年生321人(全員)と4名の教員の全滅の記録である。生徒たちは4倍の難関を勝ち抜いた、しかしまだ12,3歳の子供達だった。2015/10/25
へくとぱすかる
50
被爆・全滅した生徒321名の消息を、わかる限りに記録。落ちる瞬間を見た生徒もいたというが、全員苦しみながらわずかの言葉を残せただけ。即死をまぬがれた最後のひとりも5日後になくなり、死ぬ前に親に会えた子どもはわずか。淡々とひとりずつの死が積み重ねられていく記録の文体が悲しい。今こそ死者の数字の中身には、ひとつずつの異なった悲しみ・苦しみがあったのだということを知らねばならない。2017/08/13
あいあい
39
「なぐさめの 言葉しらねば ただ泣かむ 汝(な)がおもかげと いさをしのびて」広島二中の慰霊碑に刻まれている…と最初に紹介されている。8月6日午前8時15分17秒に投下された原子爆弾が爆発した500m圏内に作業のために整列していた広島二中の一年生321名とその先生4名が亡くなるまで、そして亡くなった様子を淡々と綴った文章。戦後70年を迎え、幼い子供達が父や母を思い、亡くなった様子はあまりにも辛い。この過ちを人類は決して繰り返してはならない。2015/08/18
neimu
32
実は一番最初に読んだのは小学生の時。学級文庫の中にこの本があった。読んだ時の衝撃は忘れられない。戦争に関する記事やニュースを避けずに読んだり聞いたりできるようになったのは、この時の経験が大きいと思う。小さい時に残酷だからとか、怖いからとか避けたりせずに、正面から受け止めさせることってとても大事だ。歴史の教科書の中だけではなくて、色んな方法で語り伝えていくこと、記憶することは大切な使命だ。と、年を取った今も思う。
茉莉花
31
この本には、広島に投下された原爆の破壊力や凄まじい原爆直後の悲惨な状況が書かれていました。想像を絶する悲惨さにもはや言葉も出ません。その当時は十分な薬もなく満足な治療も出来ませんでした。ただ、薬があったところで物凄い殺傷力を持った原子爆弾の怪我であるからとても助けることが出来なかったでしょうと書かれており、原爆の破壊力の前では為すすべもない状況に胸が締め付けられる思いです。このような恐ろしい破壊兵器による悲劇を二度と起こさないで欲しいと強く願います。罪のない子供たちの未来を奪わないで欲しいと思います。2015/09/27