歌う民衆と放歌高吟の近代―放歌民衆から唱歌・軍歌を歌う国民へ

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歌う民衆と放歌高吟の近代―放歌民衆から唱歌・軍歌を歌う国民へ

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  • サイズ 46判/ページ数 271p/高さ 19cm
  • 商品コード 9784585370031
  • NDC分類 767
  • Cコード C0073

内容説明

歌うことが「罪」だった時代―。万葉時代に若い男女が愛を歌い交わした「歌垣」、船唄や木遣り歌などの仕事唄など、古来日本人の生活は歌とともにあった。しかし、明治になり、文明開化の流れの中で、卑猥な歌詞の俗謡、乱酔放歌などの暴行事件などが多発したことにより、放歌―辺りかまわず大声で歌うこと―は野蛮な行為と見なされ、処罰の対象となった。日常生活のありふれた行為であるがゆえに、意識されず、記録に残されることの少なかった「放歌」の歴史を、犯罪記録として残った資料、多数の図版とともに丹念に紐解く。明治の民衆の「歌う文化」を見つめなおす格好の一冊!

目次

「歌う行為」の歴史と「放歌」という視点
第1部 明治の路上放歌と歌う民衆の世界(「路上で歌う行為」が犯罪となった時代―放歌罪の成立過程と展開;路上放歌をめぐる民衆と巡査の市中攻防戦)
第2部 生活や労働の中に根付く「歌う文化」(湯屋という放歌空間;仕事唄を歌う明治の労働者―来日西洋人による「歌う民族」の発見)
第3部 放歌世界から教育訓練型の歌の世界へ(放歌世界と唱歌・軍歌の導入;学生の放歌高吟文化の形成過程)
結び 路上の歌声の変貌―明治から大正へ(デモ行進歌の誕生と展開―政治・社会運動と歌の利用)

著者等紹介

永嶺重敏[ナガミネシゲトシ]
1955年、鹿児島県生まれ。九州大学文学部卒業。元東京大学図書館職員。出版文化・大衆文化研究家。日本出版学会、日本メディア学会、メディア史研究会、日本ポピュラー音楽学会会員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

パトラッシュ

101
江戸期まで読書とは会読の場での朗読を指し、その名残りが詩吟や都々逸だという。仏教でも読経から声明が生まれ、能の謡や宴席の小唄に仕事唄もあった日本人にとって、身分を問わず歌うのは日常だった。しかし維新以後は西洋式音楽が導入され、認められてきた放歌高吟は混浴や乱酔と同じく野蛮な行為とみなされたのだ。放歌罪を設け、唱歌や軍歌を教育することで先進国入りを目指す明治政府の必死な思いが、江戸のままの庶民感情と衝突した時期だからこそ起きた事態なのがわかる。戦後の歌声喫茶や現代のカラオケ、年末の第九への源流かもしれない。2022/10/26

りー

25
「放歌罪」…放火罪ではない。明治の頃、日本人は大いに歌う人々だったらしい。都々逸・漢詩・義太夫・常磐津・新内・端唄・浪花節・流行歌、労働歌。モース先生も「日本人は酔っぱらうと歌う」と書いている。もう1つが湯屋の中で、皆様発表会よろしく気持ちよく歌ったそう。禁じられたのは「文明に相応しくない」からで、立ちション・半裸の服装・放歌、と並んで🈲だと。ダメと言われるとやりたくなるのが人情。そんな民衆に対して政府は小学校唱歌と軍の軍歌で少しずつ西洋音階を仕込んでいった。さて、今の日本に生きた「歌」はあるだろうか。2022/08/28

竹の花

7
おもしろかった.著者は旧刑法に放火ならぬ「放歌罪」が規定されていたことを発見し,明治社会に広く見られた「放歌」の実態を探っていく.現在の我々が思う以上に当時の人々は路上で,あるいは労働中,さらには湯屋で歌っていたことがわかる.都々逸や浄瑠璃といった当時の俗謡には曲名が無く節回しや歌詞なども自由であったが,唱歌や軍歌の導入により楽譜通りに歌う新たな音楽文化がもたらされ,そこから旧制高校生の放歌高吟文化が花開く.新聞記事や回想記などを駆使し「歌う行為」そのものの変遷をたどる試みは貴重であり今後の進展が待たれる2022/09/09

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