内容説明
スターンの小説に由来する秘密結社シャンディ。作品は軽量でトランクに収まり、高度な狂気を持ち合わせ、独身者の機械として機能する―特異な三条件をクリアし、謎の結社に集ったモダニストたちの奇妙な生態。
著者等紹介
ビラ=マタス,エンリーケ[ビラマタス,エンリーケ][Vila‐Matas,Enrique]
1948年バルセローナ生まれ。作家
木村榮一[キムラエイイチ]
1943年大阪市生まれ。神戸市外国語大学学長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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- 評価
本屋のカガヤの本棚
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
三柴ゆよし
24
作品はあくまでポータブル、高度な狂気を持ち合わせ、独身者の機械として機能する、以上の三条件をクリアした者にだけその門戸を開く、秘密結社シャンディ。本書は彼らシャンディ会員たちの生態を描いたポータブルな小説なのだが、正直、最初のうちは作者がなにをやりたいのかわからずとまどった。作者の試みがようやくわかりかけてきたのは、シャンディ会員たちの奔放すぎる創作の様子が延々と披露される「バンホフ・ズー」の章。なるほどこれはレーモン・ルーセルのオマージュなのか、と膝を打ち解説を読んだら木村榮一先生がもう書いておられた。2012/04/02
おおた
22
うーん、読む意味が分からぬ。1900年代前半の文化人が一堂に会するのだけど、彼らの予備知識がべらぼうに必要になるので、書かれていることはたわいないけれども理解するには甚だ知識が不足していることを実感させられる。でもこれ、研究者以外に読む必要あるんだろうか? 仮に日本の文学者も夏目漱石から三島由紀夫まで一堂に会するような小説を想像すると、わちゃわちゃしてよく分からなくなるのと同じ落ちつかなさ。ポータブルの意義も「むむむ」感が強い。2017/10/13
スミス市松
21
一九二〇年代に興ったとされる僅か四年程度の文学史である。いくつかの歴史的事実を散りばめながらあくまでこの文学冒険譚を虚構の側で構築するビラ=マタスの執筆行為もまた、現実の側からのしかかってくる重苦しさや伝統から解放されるためのポータブル芸術家の試みであり、その意味でこの作家には秘密結社シャンディの文学史を創作しつつもその末席に座さんとする倒錯的な企みがある。後の作品におけるバートルビー症候群列伝や狂騒の二〇年代パリ芸術家たちの系譜に対しても同様の振る舞いをとっており、改めて度し難い作者であると痛感した。2018/12/24
三柴ゆよし
18
七年ぶりの再読。書けない作家たちの人生をめぐる逆説的な企み『バートルビーと仲間たち』、ヘミングウェイに倣い、パリに文学修行した若き日をアイロニカルに語る/騙る『パリに終わりはこない』、そして人生の重さから解き放たれた知性のあり方を至上とする秘密結社シャンディ会員たちの生態を描いた本作には、たしかにひとつの共通点があるように思う。つまりビラ=マタスの作品では、有名、無名を問わず、有象無象のアーティストたちがそれぞれの生と作品とによって、ゆるやかに、しかし堅密に紐帯された一種のユートピアが描かれているのだ。2019/03/18
garth
12
「縮小された物というのは、ある意味で意味されたものから解き放たれているということだ。小さいということは一個の全体であると同時に断片でもある。小さい物への愛は幼児的な感情なのである」2020/03/19