出版社内容情報
奇蹟のピアニスト、フジコ・ヘミング。幼い頃から才能を発揮し、高く評価されていたにもかかわらず、不遇の時代をすごしてきた天才ピアニスト。1969年、リサイタル直前に風邪で聴力を失い、やむなくすべてのコンサートをキャンセル。その後、耳の治療に専念する傍ら、ピアノ教師として生計を立て、演奏活動を行ってきた。1999年、そんなフジコを取り上げた『フジコ~あるピアニストの軌跡~』(NHK)が放送されたことがきっかけでブレイク。多くの苦難を乗り越えたフジコの演奏は視聴者の魂を揺さぶり、大反響を巻き起こした。ピアノと共に壮絶な人生を歩んできたフジコ。本書では「うまくいかないほうが当たり前」「じぶんらしく生きる」という、偉才ならではの人生観や死生観、生活観に迫った気持ちが軽くなるエッセイです。フジコに密着し続けてきた写真家・中嶌英雄氏の貴重写真も多数掲載。
目次
第1章 私のファミリーヒストリー(親から受け継いだ性格や才能はきっと役に立つ;いつまでも親への感謝を忘れない ほか)
第2章 私を成長させたヨーロッパでの大切な出会い(国籍や年齢の壁を越えて理解してくれる人はきっといる;努力していればチャンスは巡ってくる ほか)
第3章 人生がうまくいかなくても(どん底に突き落とされても;心を癒やし救ってくれたのは猫と音楽 ほか)
第4章 遅くなっても待っておれ それは必ず訪れる(エンジェルが私を試している;音楽は、評論家のためでなく、聴衆のためにある ほか)
第5章 いくつになっても楽しい人生が待っている(恋は生きる力になる;友人は人生を豊かにする宝物 ほか)
著者等紹介
フジコ・ヘミング[フジコヘミング]
ピアニスト大月投網子とロシア系スウェーデン人の画家、建築家ゲオルギー・ヘミング・フリッツ・ジョスタの間にベルリンで生れる。幼少期に帰国。青山学院高等部在学中にコンサート・デビューを果たす。東京藝術大学を経て、ドイツに留学。ウィーンでの演奏会の直前に風邪が原因で両耳の聴力を失う(現在は左耳が約40%回復)。1996年、母親の死を機に帰国。1999年、テレビのドキュメンタリー番組をきっかけに一躍、時の人となり、デビューCD『奇蹟のカンパネラ』は200万枚を超える大ヒットとなる。「日本ゴールドディスク大賞」など各賞を受賞。世界各地でリサイタルを行うかたわら、米国同時多発テロの被害者、アフガン難民、動物愛護団体などを支援している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
感想・レビュー
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のっち♬
kanki
れいまん
夜梨@灯れ松明の火
みるこおら