内容説明
人々が住む場所を失い、食物を求めて街をさまよう国、盗みや殺人がもはや犯罪ですらなくなった国、死以外にそこから逃れるすべのない国。アンナが行方不明の兄を捜して乗りこんだのは、そんな悪夢のような国だった。極限状況における愛と死を描く二十世紀の寓話。
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本屋のカガヤの本棚
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
372
秋の夜に柴田元幸訳のオースターを読む。まさに至福の時間だ。そして、読了後は、しばし痺れるような余韻に包まれる。これは閉ざされた世界の閉ざされた物語だ。アンナのいる世界は極度に閉ざされていて、どこへも通路を持たない。たった1ヵ所だけかすかに通じているのが、「あなた」に託された、まさにこの手紙であり、読者である「私」が受けとめるのだ。そうしてみると、この小説は極めてintimateな語りとして響いてくることになる。もう失うものなど何もない荒廃した場所から、かそけき命の温かさを持った囁きが紡ぐ世界がこの小説だ。2015/11/24
まふ
130
ゴミ、死体などを「最後の物たちです」と語るアンナの手紙で始まる幻想物語。アンナは街で怪我をしたイザベルを助けるがその夫のファーディナンドに強姦されそうになって殺し、図書館に逃げ込みそこで生活しているうちに人肉屠殺されそうになり、逃げてケアハウスで過ごす。そのケアハウスもつぶれて外に放りだされる…。現実味がなさそうで、ありそうで、ズルズルと作者の世界に引き込まれてしまう。まことに不思議な読書体験をさせていただいた。G1000。2023/08/19
ケイ
129
生活に必要なものが一つずつ失われていく国。人は自分の財産を食いつぶして暮らす。それが無くなれば、落ちたものを拾い、糞便でも死体でも再利用して生きていく。とても消極的な生き方に落ち着いていくと、記憶も欲も抜け落ちていく。その世界を出れば普通の生活があることがわかっているのに、入ると出られない世界。そういった中でも思いやりも愛情も生まれる。このような生活が営まれている国があるように思えて、その希望のなさと閉塞感に苦しくなる。2015/12/14
sin
112
作者には彼女の声がずっと前から聴こえていたという。その国の人々が失ってしまった物はなんだろう?少なくとも愛という自己欺瞞ではない。他人を尊重する事なのだろう…いや彼らなら声高に自警団の必要性を主張するのだろう!そう、物語と同じく自国を壁で囲もうとしているプレジデントを要した彼らなら?そこに作者の憂いを感じるのは穿ちすぎだろうか?◆英ガーディアン紙が選ぶ「死ぬまでに読むべき」必読小説1000冊を読破しよう!http://bookmeter.com/c/3348782016/12/14
扉のこちら側
94
2016年278冊め。【165/G1000】無政府状態の街は、出口のない荒廃に向かってその歩みを止めることはない。停滞はしない、続く荒廃。彼女は兄を見つけ次第ここから抜け出させると思っていた。書かれているエピソードは、訳者のあとがきによれば時間と場所を異にしているが、すでにこの現実世界で起きたことであると著者は明言しているという。読む者の中にはこの世界が、新しい世界として刻まれる。2016/04/29