出版社内容情報
頽廃期のローマに現われたデカダン少年皇帝ヘリオガバルスは、両性具有者たることを願いつつ18歳で無残な最期を遂げる。本書は〈墓場なき死者〉ヘリオガバルスを主人公に、作者自身の〈苦悩の現象学〉をも開示した〈哲学詩〉とも称すべきアルトー散文作品の最高峰である。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
242
アナーキストであることは極めて個的な行為であり、本質的には矛盾するのだが、戴冠したことによって壮大なまでのアナーキーが可能になった。ヘリオガバルスのローマ入城が端的にこれを象徴する。彼は後ろ向きにローマの門を入り、ローマ帝国そのものと鶏姦によって結ばれた。皇帝の女装、切り取られた男根の乱舞、婬猥と奢侈を極めた彼の行為は、そのままアナーキズム=演劇の究極の理想の姿でもあった。行為において演劇的であることとは、すなわち秩序の破壊にほかならないからだ。そして、それはまたアルトー自身の姿にも重なるのである。2013/03/24
新地学@児童書病発動中
103
悪名高いローマ皇帝ヘリオガバルスの生涯を描く小説。グロテスクな描写が続くので個人により好みの分かれる話かもしれない。それでも、私は好みだった。きらびやかなイメージが奔流のように続く描写と、白熱する哲学論議が一体となった内容が独創的。副題にあるように言葉の力で常識の世界の転覆を狙ったアナーキーな物語と言える。実際この本を読むと、悪の限りを尽くしたヘリオガバルスが高貴な芸術家に思えてくる。繰り返される「詩」という言葉が印象的で、文学者としてのアルトーの中心にあるのは韻文の精神だと思う。2015/01/06
藤月はな(灯れ松明の火)
21
『信長 または戴冠せるアンドロギュノス』(宇月原晴明)でアルトーやヘリオガバルスを知りました。暗殺と殺戮、近親相姦の一族の中、知性故の野心と嫋かで食い殺しそうな美貌を併せ持つ娼婦と巫女という二面性のあった姉妹を母にして生まれた、悪徳の限りを尽くした両性具有の太陽、ヘリオガバルス。不完全であるからこそ、完全である存在。無秩序で矛盾に満ちているが故の最も整合性のある論理は未完成であるために完成される。太陽は汚穢の中で引き落とされ、殺されることで双極である永遠を手に入れたのだろう。矛盾に満ちた世界への讃歌。2015/03/07
ラウリスタ~
12
アルトーってあちこちで引用されるけれども、彼の作品となるとどこから手をつけたらいいのか分からない感がある。この『へリオガバルス』は同名の悪名高いローマ皇帝に材を取った作品。とはいえ、厳密な歴史小説というわけでもなく、へリオガバルスという退廃的な男色家を核としてアルトー的小説世界を構築した作品だろう。ネロとかと比べ、政治的業績が0に等しく、暴君というよりも「戴冠させられたアナーキスト」というその奇妙さが多くの文学作品を触発したのだろう。2015/03/16
乙郎さん
12
アントナンアルトーを初めて読む。ヘリオガバルスという古代ローマの若き皇帝を題材とし、作者本人の哲学を披露している。ヘリオガバルスとは両性愛傾向にみられるようにその身をもってさまざまな矛盾を体現している(それを言い表わしてアナーキストという) 。ヘリオガバルスの行動や、当時の血と精液にまみれたシリアの状況の是非は別として、アルトーがこの書を書き下ろしたということ、すなわち、ヘリオガバルスに惹かれたということに、世界に飽き飽きしていた彼の寂しさを見る。2009/08/23