出版社内容情報
古典的な雅致のある文体で知られるユルスナールの一風変ったオリエント素材の短篇集。古代中国の或る道教の寓話、中世バルカン半島のバラード、ヒンドゥ教の神話、かつてのギリシアの迷信・風俗・事件、さては源氏物語など、「東方」の物語を素材として、自由自在に、想像力を駆使した珠玉の9篇。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
121
西欧から見た東方の9つの物語。ただし、オリエントといった時に真っ先にイメージされそうなエジプトやアラビアといったmiddle eastの物語はなく、むしろそれよりは西欧社会に近いギリシャやヘルツェゴブナ、あるいはfar eastのインド、中国、日本が選択されている。それらはいずれも我々日本の読者にも十分にエキゾティズムが感じられるものである。源氏を描いた短篇は、散逸したとも、そもそも書かれなかったともいわれる「雲隠」の巻をとりあげ意欲的なのだが、源氏の世界を知っている日本の読者にはやはり違和感が否めない。2013/03/01
Kajitt22
76
須賀敦子さんのエッセイ『ユルスナールの靴』で名前は知っていた。このベルギー出身の女流作家は、かかとの低い靴をはいてバルカンからインド・中国・日本へと歩いたのだろうか。解説にある「神韻縹渺」という言葉ぴったりの、格調高く幻想的な文章でうっとりと読めた。きっちりとした端整な文章を書く須賀敦子さんのイメージとは違うが、タブッキもユルスナールも魅力的だ。2018/09/07
ケロリーヌ@ベルばら同盟
66
とても美しくて、とてもありそうにない物語、物語の中にしか残っていない記憶。東方の神話、古典、お伽噺に取材した九篇の綺譚は、さながらユルスナールの深い洞察と感性が丹念に織り出した幾張りもの緞帳だ。精緻に研ぎ澄まされた言葉が闇からその模様を浮かび上がらせる。翡翠の水の滴り、彼方に霧に霞む深山、橙色に燃える午後、泥濘に咲く蓮の花の如き女神の首、オリエントへの憧憬、人間の業、土俗の神の死、愚に宿る神聖、愛の奇蹟。卓越した翻訳を得て輝きを増す美の廻廊を逍遥し、物語の世界に酔った。2019/09/12
U
64
東洋を舞台にした、幻想的な九話の短編集。今回は一話目「老絵師の行方」について。古美術商で働くわたしは、毎日多くの画を、じかにみる機会に恵まれているが、この話に登場した《一幅》を超える名画に、この先出会うことはないと思う。画布との境界線が、曖昧になる感覚。静なのに動。やみつきになる。話の醍醐味は、皇帝にあいまみえてからであろうが、はっとする表現は、前半部分にもあり。心惹かれる須賀敦子の、愛したユルスナールを堪能し、東洋の美に思いを馳せた晩秋の夜。2015/11/12
マリカ
45
小学生のころ創作昔話の世界に感じたことのある、ざらっとした感触がこの本にも詰まっている。読んでいる間ずっとその懐かしい感覚を思い出していた。それにしても、梨木香歩の「家守綺譚」はこの本がルーツだったのかなと思う。この短編集全体から立ち上る、西から見た「東方」の空気感のようなものが、「家守綺譚」において現代から見た近代日本の空気感に移植されていると思う。2016/10/31