出版社内容情報
社会学の立場から「自分」をめぐって理論的に検討し、「自分」が破れるという現象を見出せる具体的なメディア体験を考察する。
【目次】
第Ⅰ部 自分の社会学――「脱・自分」論の試み
第1章 「脱・自分」という問い
1 「脱・自分」とその具体例
2 「脱」について
3 「脱」の対象としてのself――従来の諸用語の批判的検討から
第2章 「自分」という語と概念「脱・自分」論のための認識枠組みへ
1 「自分」という語に着目する社会学的意義――「自己」との比較
2 語用的特徴からみた「自分」の性質――個別性と標準性
3 「自分」の語と概念の歴史的・社会的経緯――近代日本における自分のself化
4 再帰的な「脱」の対象となる自分――明治後末期以降の文学的言説
5 文化的自己観としての自分と,近現代日本社会における自分のあり方
6 結論
第3章 社会学的アイデンティティ論・自己論,および実存社会学の批判的検討
1 社会学的アイデンティティ論の批判的検討
2 社会学的自己論の批判的検討
3 実存社会学の批判的検討
4 結論
第Ⅱ部 メディア経験と受動性
第4章 メディア・オーディエンス論における受動性――身体という《場》へ
1 「受動性/能動性」の探究とその発展的解消
2 受動性が体現される《場》という考え方の必要性
3 《場》としての制度身体と,重層的な身体像変容
4 身体像という観点からみたメディア・オーディエンスの実践
5 小括
第5章 音楽オーディエンスのメディア経験――音の質感の享受から
1 音楽享受のもつ,アイデンティティへの構成的機能
2 音の質感に触れること
3 自己・自分の揺らぎと身体像変容
4 小括
第6章 自分がひらかれる深い受動性――日本社会での「老いがい」を手がかりに
1 問いと目的
2 「老いがい」を捉えることの難しさ
3 「老いがい」への問いが生じる地点
4 「老いがい」のもつ批判的可能性
5 主体的老年観の限界
6 社会の制度的次元で生きる自分を破る老い
7 生成される「老いがい」――社会学的な理論枠組み
8 結論
補論 「萎れ」の引き受け
第7章 実存が転換される深い受動性のメディア経験――作家・折原脩三の「廻心」を例に
1 折原脩三における特殊なメディア経験――「廻心」について
2 「廻心」体験の解釈
3 「廻心」体験への社会学的接近
4 結論
第8章 深い受動性を待つ,現代のニヒリズム状況における自分――鍋倉夫のマンガ『路傍のフジイ』を手がかりに
1 鍋倉夫『路傍のフジイ』について
2 実存転換の発動
3 「ない」と深い受動性
4 作品上に現れる「ない」
5 結論
目次
第1部 自分の社会学―「脱・自分」論の試み(「脱・自分」という問い;「自分」という語と概念―「脱・自分」論のための認識枠組みへ;社会学的アイデンティティ論・自己論、および実存社会学の批判的検討)
第2部 メディア経験と受動性(メディア・オーディエンス論における受動性―身体という”場”へ;音楽オーディエンスのメディア経験―音の質感の享受から;自分がひらかれる深い受動性―日本社会での「老いがい」を手がかりに;補論 「萎れ」の引き受け;実存が転換される深い受動性のメディア経験―作家・折原脩三の「廻心」を例に;深い受動性を待つ、現代のニヒリズム状況における自分―鍋倉夫のマンガ『路傍のフジイ』を手がかりに)
著者等紹介
鍵本優[カギモトユウ]
1976年生まれ。京都大学総合人間学部卒業、京都大学大学院文学研究科博士課程修了、博士(文学)。現在、京都産業大学現代社会学部教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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