日経ビジネス人文庫
知の越境者―私の履歴書

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  • サイズ 文庫判/ページ数 438p/高さ 16cm
  • 商品コード 9784532193966
  • NDC分類 281
  • Cコード C0123

内容説明

漢字研究の第一人者・白川静、東洋思想の権威・中村元、民族学の梅棹忠夫、哲学者・梅原猛―。専門分野を超えて縦横無尽に思索を展開した、日本を代表する知の巨人たち。日本の風土に根を下ろしながら、国境の、民族の、宗教の、垣根を「越境」した四人の学究者が自らの生い立ちと人生を振り返る。

目次

白川静(東洋の精神―漢字文化共有 母胎に;故郷・福井―城址のほとりに生家 ほか)
中村元(私の学問―「仏教源流から学べ」;松江と中村家―幕末、国学師範の祖父 ほか)
梅棹忠夫(酒のみのいわれ―曽祖父母、朝から銚子;市民的平等感覚―京の町人倫理を背骨に ほか)
梅原猛(実母―生後一年余りで失う;実父・半二―トヨタの技術、礎築く ほか)

著者等紹介

白川静[シラカワシズカ]
中国文学者。1910年福井県生まれ。43年立命館大学法文学部卒。独創的な漢字研究は「白川文字学」と称される。2004年、文化勲章受章。06年10月逝去

中村元[ナカムラハジメ]
インド哲学者。1912年島根県生まれ。36年東大文学部卒。東大教授、文学部長などを歴任。東洋思想研究者として世界的に活躍し、日本の比較思想学の分野を開拓した。73年東大を退官後、私塾「東方学院」を創設し、研究者以外にも東洋学、仏教学の門戸を開いた。77年文化勲章受章。99年10月逝去

梅棹忠夫[ウメサオタダオ]
民族学者、比較文明学者。1920年京都市生まれ。43年京大理学部卒。理学博士。生態学、情報論、文明論など研究領域は広範にわたり、86年に失明した後も研究・著述活動を続ける。京大人文科学研究所教授などを経て、74年、設立に尽力した国立民族学博物館の初代館長に就任。88年朝日賞、94年文化勲章受章

梅原猛[ウメハラタケシ]
哲学者。1925年生まれ。48年京大文学部卒。立命館大学教授、京都市立芸術大学学長などを経て、国際日本文化研究センター所長(現顧問)。研究活動のほか、スーパー歌舞伎・スーパー狂言の脚本を手がける。99年文化勲章受章(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

isao_key

7
日本を代表する知の大学者たち4名が自らの半生について語るシリーズ。4名の先生はどなたも学問に対する真摯な取り組みと、困難な状況の中での挑戦が描かれており、読み応えがある。中でも白川先生の教養と漢字についての見識が印象に残る。「戦前の政治家には、その教養(中国古典)をもつ人が多く、漢詩をよくする人もあった。その人たちの人間形成の上に、漢籍の素養があった。漢籍は大人の教養書であり、そこには概ね一種の理想主義があった。戦後の教育は漢文を旧弊として軽視したが、同時に成人としての大事な教科を失った。」2014/06/01

おらひらお

3
2007年初版。日経新聞私の履歴書に連載された4人の学者の自叙伝的一冊。学びを続るには意志が大事ということを再確認できる一冊です。2017/04/06

なつ

2
★★★いずれもアカデミズムの世界で自身の名を冠する学説なり学問系統を打ち立てた知の巨人たち。彼らは「象牙の塔」や「蛸壺化」という言葉とは一切無縁であり、先人たちが営々と築いてきた常識を覆し、権威に挑戦する学術的探究心は老齢期に入っても衰えない。「東洋」を解明するにあたり漢字の活性化は欠かせないとし、文科省による文字制限政策(常用漢字の設定)に警鐘を鳴らし続けた白川静と、日本文明の将来のために漢字の廃止・ローマ字推進を唱えた梅棹忠夫との対比も興味深い。2011/05/07

讃壽鐵朗

1
梅原猛先生、逝去の折に再読2019/01/17

ぼの

1
中村元を知ることができたというだけで、読んで良かった。2010/03/05

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