時間と自由意志―自由は存在するか

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時間と自由意志―自由は存在するか

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  • サイズ B6判/ページ数 278,/高さ 20cm
  • 商品コード 9784480847454
  • NDC分類 151.2
  • Cコード C0010

出版社内容情報

多くの可能性から唯一の現実が選択されるという図式は正しいのか。この問いを糸口に、自由とは何かという哲学の難問に驚きの解を示す。

青山 拓央[アオヤマ タクオ]

内容説明

これまで自由意志/決定論の対立として論じられてきた難問を、自由とは何かという議論からいったん離れ、「分岐問題」の枠組みのもとで考察しなおす。従来の哲学が依拠してきた対立図式を根底から揺さぶり、自由をめぐる議論に新たな境地をひらく圧倒的論考。

目次

第1章 分岐問題(導入;問題の構造 ほか)
第2章 自由意志(概観;意志と主体 ほか)
第3章 実現可能性(時間と様相;スコトゥスとアリストテレス ほか)
第4章 無自由世界(他我問題の反転;ストローソンとデネット ほか)
補論(時制的変化は定義可能か―マクタガートの洞察と失敗;無知の発見―猫の懐疑とウィトゲンシュタイン ほか)

著者等紹介

青山拓央[アオヤマタクオ]
1975年生まれ。現在、山口大学時間学研究所准教授。哲学の観点から、とくに時間・言語・自由・心身関係を考察。慶應義塾大学より博士(哲学)を取得。県立浦和高校、千葉大学文学部、同大学院博士課程、日本学術振興会特別研究員などを経て現職。2006年、日本科学哲学会第1回石本賞を受賞。2011年、文部科学大臣表彰科学技術賞を研究グループにて受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

感想・レビュー

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へくとぱすかる

53
過去から未来へ分かれていく樹形図は、タイムトラベルを語る場合によく使われるが、なにかの決断や出来事によって「分岐点で」世界が分かれていく、と考えたくなる「常識」が実は誤っている、という指摘にまず驚く。そこからは主要なテーマとしての、意志について、自由についての議論が始まっていく。しかしそれが実はかなり難しかったので、読み進むのが困難だった。個人的な好みで著者の時間についての議論に惹かれて読んだが、自由意志の問題が理解できたとは思えない。再読の必要があるだろう。2020/08/13

Amano Ryota

5
無自由な世界に救いはない。ぼくたちはただ、語ることが出来ない無自由な世界との対比において、自由/不自由な世界を生きる。しかし、自由/不自由はぼくたちが勝手に作ったものであって、世界はただ無自由なんだ。何もない世界でどれだけ遊べるか、それが本当の問題だろう。「真に無自由な世界においては、未来の諸可能性の一つを自由に選びとる主体は存在せず、未来の諸可能性の一つを不自由に押しつけられる客体も存在しない。なぜなら、諸可能性の選択そのものがーーそしてそれにまつわる『自由』や『不自由』がーーその世界にはないからだ。」2017/02/16

田蛙澄

2
自由を単一的な立場に還元することなく、1,2,3人称のそれぞれの立場から両立的自由、自由意思、決定論を配分し、それらの相互循環によるアマルガムとして自由が構築されているというのは面白い。そしてそれらを除いた所にはもはや自由でも不自由でもない無自由があるだけでありそこでは様相の意味自体が無効化されるというニーチェ的な話も興味深かった。また特に1章の分岐問題においてもし分岐があるなら多世界的な質的重複しかあり得ず、純粋な共有は完全に無根拠な偶然以外には分岐があり得ず、単線的な決定論に陥るという議論もよかった。2018/12/01

飛燕

2
確率的偶然の概念。これによって、非決定性(他行為可能性)と決定性(法則性)の双方の側面を同時に個々の事例へあてはめることができる。可能世界論。あらゆる可能性を全面肯定しているようにみえるが、実際は諸世界上のあらゆる分岐(可能性)を認めず、単線的決定論である。/歴史での「ありえたこと」というごく日常的な考え方に、ここまでの不可解さと問題の広がりが詰まっていることに驚いた。歴史理論の一部で「ありえた可能性の取り戻し」(ベンヤミン)ないし語り直しが構想されているが、これらと接続する方法はあるだろうか。2017/05/06

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