出版社内容情報
読書猿氏推薦! 本を繰り返し開くことは自分自身と向き合うことである。既知と未知のネットワークを創造的に発展させ、「自分ならではの時間」を生きる読書論。
内容説明
本を繰り返し開くことは、自分自身と向き合うことである。「多読という信仰」を相対化し、「自分ならではの時間」を生きる読書論!
目次
第1章 再読で「自分の時間」を生きる(「自分の時間」が買いたたかれている;あなたにとって「良い本との出会い」とは何か ほか)
第2章 本を読むことは困難である(読書スランプに陥るとき;読書のためらい ほか)
第3章 ネットワークとテラフォーミング(バーンアウトする現代人;ネットワークとしての人間・言葉・書物 ほか)
第4章 再読だけが創造的な読書術である(読書の創造性と不可能性;古典を再読する ほか)
第5章 創造的になることは孤独になることである(「読むこと」と「読み直すこと」には違いがない;魔法としての文学 ほか)
著者等紹介
永田希[ナガタノゾミ]
著述家、書評家。1979年、アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。書評サイト「Book News」主宰(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
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- 評価
本屋のカガヤの本棚
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
アキ
124
前著「積読こそが完全な読書術である」とは、ひとは本を完全に読むことができないということを、書物の側に視点を置いて考えてみた結論であった。本書は、読書を読者のネットワークに組み込むことという観点から、初読と再読の間の読者の過ごした時間のズレを眺めることを可能にするとしている。再読によってフラットな思考からメタ認知を行うことを薦めている。情報の濁流に翻弄される現代において、古典を読む体験はゆったりと流れる川を眺めるようなもの。古典もまたさまざまに読まれてきたものを読者が読むという、再読の現象となるのである。2023/04/29
tamami
73
著者は、セネカやショーペンハウアーを始めとする幾多の先達の読書に関わる金言を示しては、情報の濁流に流されないための自分を深める読書術=再読について提案する。著者はその際意識したいのは「フラットに読む」ことだという。日々の生活の中で「強さ=激しさ」に駆り立てられ、極私的な読書体験でさえ他に公開することを余儀なくされている私達に、フラットな読書=再読は、自身の読書ネットワークを整備することに繋がり、新たな創造を産み出すと説く。古典的名作の新たな読みの可能性を示すなど、読書の幅を広げてくれること請け合いである。2023/03/26
金城 雅大(きんじょう まさひろ)
30
<抜粋メモ> 絵画鑑賞と読書の比較による、タイムラグとノイズの発生可能性/書物の側にとっての「再読(再び読まれる)」を意識する <読みながら考えていたこと> ・昔空想したことのある「書物のインストールチップ」の無意味さ ・内面世界を陶冶涵養し得るアイコンとしての「読書好き」「映画好き」 ・塩谷舞さんに教えられた「書評家→作家」の一方通行性 ・「リアクションやフィードバックがないもの=存在しないもの」と捉え、「リアクションを求めて書評を書く」営みとしての読書会主催2023/08/26
vy na
24
図書館本。同じ本を理解するには7回読む必要があるとどこかで。確かに再読すると同じ箇所ではなく、初読とは違う箇所で引っかかったり、同じ分でも新たな視点に気づいたりします。本書で、書いてあることはよく理解できませんでしたが、面白いと思った本は必ず再読しようと思えるきっかけをくれたと思います。2023/07/11
チャー
20
再読の効果や影響等を解説した本。一度読んだ後に時間をおいて再び目を通すことで、書物の内容をよりよく理解し深く味わうことができるという指摘は確かにと思う。内容が理解できない本は今の自分がその時ではないのかもしれず、また別の時に意味を理解できることもあるという点は、その時々の自分を知るよい機会にもなると感じた。感じ方の変化が自分の経験の結果という指摘はなるほどと思う。再読を通じ自分を模索するという点で、たとえ誰にも評価されなかったとしても、得られた自身の中の味わいは損なわれないという部分は印象的。2024/04/30
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