内容説明
かならず訪れる自分の死とどう向き合ったらいいのか?死のある臨床で四半世紀働き続けて、最近、野の花診療所を始めた著者が、死と柔軟につきあう大切さを提言する。
目次
いいよ、死
「イイキモチ、デシタ」
二つの言葉
作ろうよ、死のときの国民歌
天色の葬儀幕
beautiful and peaceful
がん末期を特別な状況と思わないで
なかよし時間
「傷ついた癒し人」考
湯かんの前に―死と風呂
森のお別れ会から―死と絵本
巡礼死だって
からだをぬぐ
「育死の百科」は生まれないか
死体愛
棺売り
ボク死ング
道を歩ってみたいです
ラジオ番組「今日の死」
千枚の死亡診断書が宙に舞うよ
死をつかまえる紐
無差別微笑期回帰願望
旅人のお通夜
初心巡礼
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
Humbaba
5
それが近づくまでは全く意識しない自分や家族、近しい人の死。意識しなくとも、永遠に生き続けられる人など存在しない以上いつの日か必ず死は訪れる。だからこそ、毎日を丁寧に生き、健康で普通の日常を送れるということの幸福を感じる事ができるようになりたい。2014/05/09
しろくまZ
2
鳥取でホスピス診療所「野の花診療所」を設立し、院長をされている徳永進医師による「死にまつわるエッセイ」集。作品群に対して、深く共感したり、自分にはまだまだ理解できないと思ったり、感想はいろいろ。ただ、「死、怖くないよ」と言ってくれるだけで救われる患者、家族も多かろうと想像する。2015/04/17
NORI
1
どう生きどう死ぬのか。この問題には、“形而下学“的な一分野の専門家でしかない医療従事者は立ち入れない。それは哲学、宗教、文学、芸術領域の問題であり、医学の外の話。個々人が答えを求めないといけないのだ。 しかし、医療従事者であっても、自身は生身の人間。お寺のお坊さんのように、患者を形而上学的な立場で諭し、導くことはできないけれど、1人の人間として寄り添うことはできる。そんなことを教えてくれた。 患者目線、患者の家族目線で読む方が多いとは思うけれど、医療従事者やそれを志す学生視線で読むことも有益だ。