内容説明
泉鏡花は劇的である。血なまぐさくも美しく、おどろおどろしくも繊細なその世界は、私たちの目に耳に、直接訴えかけてくる。だから、鏡花を語るには、「文学」研究という限られた領域だけではすまされない。実際、鏡花作品は、舞台化・映画化されるたびに、新しく生まれ変わってきた。本書では、映画化・舞台化作品と比較することで、視聴覚的な要素を取り込んだ豊饒なる泉鏡花―その文字どおりドラマティックな世界に切り込む。
目次
第1章 『日本橋』―新派・映画・挿絵と鏡花(絢燗たる視聴覚的要素;「回想」の演劇的性格;新派様式美と鏡花)
第2章 『夜叉ヶ池』―映画と漫画による展開(古典と近代との接点;映画、漫画による視覚的展開)
第3章 『草迷宮』―その“ネオ歌舞伎的”魅力(前衛と古典の融合―「何もない世界」の雄弁;怪異のスペクタクル―“異形のもの”たちの演劇性;歌舞伎と鏡花における男色的要素の共鳴)
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
misui
6
「日本橋」「夜叉ケ池」「草迷宮」をテキストに、古典芸能にも通じる様式的な演劇性が作品にどのように表れているかを精査するとともに、演劇性が直截に影響するところの映画・舞台・漫画になった場合を比較検討する。視覚や聴覚面での喚起力、語りそのものの芸、それから能に通じる構造のダイナミズム(現在-過去-現在の構造、回想の幻想性)など、鏡花作品の形式面の特色がよくわかる。鏡花が芸能から継承したものがいかに大きかったか。それとそれを下支えした鏡花のメンタリティも少し気になった。2014/04/05
井月 奎(いづき けい)
2
小説や戯曲といった文芸作品を他の表現方法に移すことは、監督や役者、漫画家の発見や解釈によって研究論文にちかい意義を持つという考えから「日本橋」「夜叉ヶ池」「草迷宮」の三作を丁寧に見つめていく。「日本橋」の始まりに若い芸者の千世が子供、十、十一歳くらいの、に囲まれて意地悪される場面はその子供が遊んでいた独楽を虻、千世の持つ飴を蝶にたとえて演劇に仕立てるとき色彩的には目をひいて、感情的には意地悪に一つ間を置く仕掛けになっていることなどを記していて読み解きにも役に立つ。まだ何か隠れているんですね泉鏡花世界には。2015/06/21
おちこち
0
原作と舞台・映画での内容・演出の違いを見出すことによって、鏡花の小説の魅力がより一層明らかになった。2010/11/26
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