出版社内容情報
本書は、優れた心理臨床家でありながら54歳という若さで早逝した著者が、1985~95年にかけておこなった極めて独創的かつ予見的な内容の講義録から抜粋編集したものである。
著者の「他界心理学」という発想は、生と死の境界で自我が揺らぐ離人症という重篤な病の研究を起点として生み出された。従来の心理学の理論や概念だけでは捉えきれない病の根源にあるものを理解しようとするとき、この40年近くも前に生み出された「他界心理学」の構想が、心理臨床実践にとって今なお古びることなく、むしろ新たな視点と多くの気づきを与えてくれることに、きっと驚かされることだろう。
「他界」とはいったい何なのか。
自分は今なぜここに居るのか、現世だけでなく生まれる前や死んだ後まで含めて人間の存在を広く深く考える視点。見えない世界や宇宙的なつながりを通じて自分がどこにいるのかを見つめ直す透明なまなざし。現実の世界だけではなく、それを支える見えない世界(=他界)への観点なくして現代の心の病は捉えられないのではないか、現代社会におけるさまざまな精神疾患の背景には、「他界」との断絶によるたましいの問題があるのではないか、著者はそう指摘している。
生と死は一方向ではなく循環し、儀礼や祭りはこの循環を維持し「他界」とつながる役割を果たしてきた。しかし、現代ではその機能が弱まり、見えない世界を想像することで支えられていた心の現実感が失われてしまい、さまざまな心の病を生み出している。
日本の民俗文化では他界は「青(おう)の世界」として、祭りや儀礼を通じてたましいが往還するとされている。心理臨床の現場では、セラピストは現実の世界と目に見えない世界(=他界)とを行き来してその媒介的役割を担い、見えない世界の支えを感じながらクライエントとともに歩むことが重要なのだというのが、この「他界心理学」構想の中心にある。
著者は、そうした「媒介的役割」の生きた姿を求めて頻繁にアフリカや東南アジアにフィールドワークに出かけ、呪医(シャーマン)になるためのイニシエーションまで受けて現代の心理療法の本質的な問題を探究しようとした稀有な臨床家であった。志半ばにして病に倒れたが、臨床心理学の枠を超え、異文化や伝統的な治療法に関心を持ち続けた彼の業績は、今なお多くの人々に影響を与え続けている。
【目次】