出版社内容情報
本書『母なる自然のおっぱい』は、人間と自然との関係を、静かに、しかし深く見つめ直すエッセイ集である。著者は、自然を単なる「対象」や「背景」としてではなく、母のように包み込み、育み、与えてくれる存在として捉えている。そして、その母を、我々人間はいつしかむさぼり、搾取し、気づけば合成品で満たされた哺乳瓶に不満を鳴らす存在になってしまったことを、やさしく、しかし鋭く問いかける。
本書では、アカシアの木、ドングリ、ハイイロチョッキリ、あるいは森の中の動物たちの営みといった具体的な情景を通じて、読者を自然の深い呼吸のなかへと誘う。木々に宿る命、風に揺れる葉、枝を渡るリスの姿──そうした日々の光景に、宇宙の始原から続く時間の厚みを感じさせる。植物が生み出す栄養を「分けてもらう」ことに後ろめたさを覚えながらも、それを消化し、生きながらえる動物の姿に、人間としての本能と良心が交錯する。
また、狩猟民の倫理や、冒険という概念の変容、そして科学技術と生態系の関係といったテーマも取り上げられ、自然と文明との繊細なバランスが語られる。自然を愛でるとはどういうことか。自然の声を聴くとは何か。単なる讃歌や警告を超えて、本書は、われわれが自然の一部であるという、当たり前でいて見失いがちな事実を、やわらかく、そして力強く示す。
人間もまた、森の中を走り、空を見上げ、枝の影に身をひそめる小さな生き物の一つにすぎない。その視点に立ち戻るとき、われわれはようやく、生きるとは何かを学び直すことができるのだろう。ページをめくるごとに、読者はやさしいまなざしとともに、自然の懐へと還っていくような感覚を覚える。静謐で、透明感あふれる一冊である。
内容説明
人間は動物であった頃の生活の要素の多くを別のもので置き換えたが、実体は変わっていない。生きたウサギを苦労して捕まえて食べるかわりに、フランス料理店に行って野ウサギのシチューを食べるようになり、ヒグマに殺されるかわりに車に轢かれるようになった。しかし、どれだけ置換を重ねても生活の基本パターンは変わらないのだ。生きて、食べて、住んで、まぐわって、育てて、死ぬ。
目次
1(ぼくらの中の動物たち;ホモ・サピエンスの当惑;狩猟民の心)
2(ガラスの中の人間)
3(旅の時間、冒険の時間;再び出発する者)
4(川について;風景について;地形について;再び川について)
5(いづれの山か天に近き;樹木論;ハイイロチョッキリの仕業)
著者等紹介
池澤夏樹[イケザワナツキ]
1945年北海道生れ。埼玉大学物理学科中退。1988年芥川賞『スティル・ライフ』、1993年谷崎賞『マシアス・ギリの失脚』、2000年毎日出版文化賞『花を運ぶ妹』他、受賞多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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