出版社内容情報
正篇のフランス語からの新訳と、本邦初訳の挿話篇「アラーシー王子とフィルーズカー王女の物語」「バルキアローフ王子の物語」を2分冊に収める。官能と知の極限を求める男の恐るべき地獄下りの物語。
著者紹介
ベックフォード (ベックフォード)
1760-1844。イギリスの文人。奇人として知られ、奇書「ヴァテック」を残した。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
238
ベックフォードはイギリス人だが、本書はフランス語で書かれている(出版は1782年)。研究者の間でも、またここでのボルヘスもともにこれを高く評価しているし、ことに「火の地下宮殿」での表現を「文学に現れた最初の真に恐ろしい地獄なのである」とする。18世紀文学にしても、構成は限りなく自由である。アッバース朝第9代カリフのヴァテック」の物語として語られる本書は、アラビアン・ナイトの世界であっていいのだろう。すなわち、論理的な構成は初めから捨てている。眼目はやはり地獄巡りにこそあったからだろう。そして、そこで⇒2025/03/15
ケイ
142
『バベルの図書館』と最も思うのは、上巻の最後「これが、想像主が人間の知識に課した限界を超えんとする盲蛇に怖じない好奇心への天罰であり、汚れなき天井の英知のみに許された学問を我が物しようとして、気狂いじみた傲慢しか身につけないことへの天罰でございます」それについては、仏教徒としては疑問もある。王たちの堕落の原因となる食欲や金銭欲と並んだ愛欲で、女は誘惑の道具としかなっていないように思えるのも少し納得できない。しかし、 地獄に辿り着くまでの彼らの所業と、地獄の恐ろしさはボルヘスが賞賛するように素晴らしい。2017/05/13
扉のこちら側
83
2016年1076冊め。【242/G1000】ヴァテックとはイスラム教王の名前。魔女から生まれ、悪魔に魂を売って巨万の富を求める。結果、地獄に落ちて自らの悪行の報いをうけることになる。アラビアンナイトの影響を受けた奇人貴族の作品ということだが、ダンテの地獄篇の話でもある。上巻が正伝、下巻が外伝「~です」「~ます」という文体も心地よい。2016/12/14
内島菫
30
本書には恐ろしい場所としての地獄宮殿が初めて描かれ、ダンテの『神曲』に登場する恐ろしいことが起こる場所としての地獄との差の有効性をボルヘスは指摘する。そのあたりの解釈を勝手に推し進めると、本書の地獄はいわば箱庭(人工的な模倣物)としての地獄であり、ポップにも通じるのではないか。著者のベックフォードは、ポップ精神のなせる技である(と私が考える)グランド・ツアー(冒険の箱庭)に出かけており、これもまたポップの一つの形であるピクチャレスクを追及した英国式庭園の時代を生きている。2018/08/06
syaori
21
上下2冊で1冊の扱いになっており、上巻はカリフ・ヴァテックが火の宮殿を目指す様子とその顛末、下巻はヴァテックが火の宮殿で出会った人々の話で、上巻に挿話として入るはずだった物語が収められています。全体にジンや魔法が出てくる幻想譚で、善行を積んで天国を目指すのとは逆の、ある種の地獄下りの物語になっています。私は、目先の快楽に流されて火の宮殿を目指すという目的を忘れがちなヴァテックの物語より、挿話となる下巻のほうが好きでした。特にバルキアローフ王子の物語はいくつかの物語が入れ子状になっていて楽しかったです。2016/03/18