内容説明
「今日の芸術は、うまくあってはいけない。きれいであってはならない。ここちよくあってはならない。」―斬新な画風と発言で大衆を魅了し続けた岡本太郎。一九五四年の底本刊行当時、本書は人々に大きな衝撃を与え、ベストセラーとなった。彼が伝えようとしたこととは何なのか?「伝説」の名著は、時を超え、いつの時代にも新鮮な感動を呼び起こす。
目次
第1章 なぜ、芸術があるのか
第2章 わからないということ
第3章 新しいということは、何か
第4章 芸術の価値転換
第5章 絵はすべての人の創るもの
第6章 われわれの土台はどうか
著者等紹介
岡本太郎[オカモトタロウ]
1911年神奈川県生まれ。’30年パリへ渡る。パリ大学文学部哲学科に在籍、民族学などを学ぶ。抽象芸術運動に参加、のちにシュールレアリスムの運動に加わるなど、前衛的な活動を続け、’40年に帰国。’53年以降、サンパウロ、ヴェネチアの各ビエンナーレほか国際的に活動する。’70年大阪万博に「太陽の塔」を制作。評論活動も旺盛で、’61年『忘れられた日本“沖縄文化論”』で毎日出版文化賞受賞。’96年没(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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roughfractus02
12
ここちよさ、きれいさ、うまさとは他者の基準を含むゆえに芸術には不要だという著者は、芸術を「いやったらしい」ものという。未知に出会うと人は「わからない」と戸惑うからだ。本書は、王族の教養に合わせてカンバスを意味で満たす中世絵画から資本家が観るピカソらの無意味さを描く近現代絵画へシフトする美術史を概説しつつ、戦後民主主義の芸術は創作者が鑑賞者になると主張する。そこに垣間見えるのは美術史に抑圧された歴史以前の壁画や土偶にある芸術の復活だろう。無意識のように個々人にあって未知のものが芸術と呼ばれる(1954刊)。2023/03/14
みこと
10
芸術、アートというものの本質を教えられた気がする。芸術とは上手下手ではなくその人の中からどうしようもなく湧き上がる新しいもの、周りの人に否定され違和感を感じさせるものが真の芸術、そうやって自分や周りと闘ってきた者だけが表現できるもの。誰からも受け入れられ賛美されるものはすでに芸術ではなく流行である。確かに凄く上手いのにあまり心動かされないものがある。逆に歪で決して技術があるわけでもないのにぎゅっと心掴まれるものがある。上手くできなくても衝動のままに作り続けていいんだと背中を押してもらえた気がした。2024/05/05
yuji
9
独自に先端的な課題をつくりあげ前進していくのがアバンギャルド(前衛)。それを上手にこなして、より容易な型とし、一般によろこばれるのはモダニズム(近代主義)。本当の芸術は流行を突き抜けて外へ出る。それが新し流行を作っていく。モダニストは時代に合わせなぞらえていくのに対して誰もしなかった新しいものを想像していくからアバンギャルドとある。これは芸術に限らない全ても仕事にも当てはまると感じだ。しかし、流行を知らないものはモダにズムでさえアバンギャルドに見え理解できず保守的になる。もったいない。まねるだけも十分。2024/05/31
荒野の狼
9
「今日の芸術」は1954年光文社刊で、1999年に光文社知恵の森文庫刊だが、本書は2022年に光文社文庫の初版。序文は横尾忠則のもので1999年のもの、解説は赤瀬川原平。本書は、岡本が語りかけるようなスタイルで、岡本のインタビューを聞いたことがある人であれば、(時にユーモアをまじえながら語りかける)彼の声を聴きながら読書をするような体験が得られる。主に芸術について語っているのだが、岡本の場合、芸術と生き方・人生哲学は不可分であり、芸術活動をしない読者にも、無理なく、人生哲学の本として読めるに内容。2023/01/24
スミノフ
7
芸術作品を前に、ついわかったふりをしてしまうこと、自分にもあるなあ・・と感じました。 芸術を縁遠いものとして捉えず、裸でぶつかればいいのだと教えてもらいました。 私はいま組織を率いる立場にありますが、それも1つの創造なのかな。だとしたら、自分も1人の芸術家として、裸で挑戦してみよう、と勇気をもらえた本でした。2025/01/03